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そう言えばヴァルは「霧の中でも物が見えるような魔法」と言っていた。だがこの男たちにそんな魔法が使えるだろうか。魔法の心得があるようには見えない。そうなれば男たちに魔法をかけたのはシャルだが、この大人数に魔法をかけて平然としていられるものなのだろうか。ヴァルですらやろうとしなかった魔法だ、ということを考えるとそこそこ難しい類のものなんじゃないだろうか。
それに、これだけの大人数であるにも関わらず奇妙な視線が一つだけある。遠くの方から見ているその視線は、きっとコイツらのものではないと思う。
その視線に気がついたのはコイツらに投降する前、首に手を当てたときからだ。
俺の首には紋章が刻まれている。ノアを奴隷にしたときについたものだ。つまり今の俺はビーストのような鋭敏な感覚が備わっている。
持ってきた水筒で水を飲むシャルは、俺に視線を向けて水筒を傾けてきた。
「いや、いいよ。喉は渇いてない」
「親切心ですのに」
「それより、お前本当に奴隷商人なのか?」
「見ればわかるでしょう?」
「俺にはそうは思えないがな」
「どういう意味ですか?」
初めてシャルに睨まれた。勘は的中、ってところか。
「誰かに脅されてるとか、そういうのはないのか?」
声量を一層落とした。
「そんなこと、あるわけありませんよ。私はお金のためにやってるんです」
「お金で幸せを買えるって言ったな」
「ええ、それがどうかしました?」
「高価なものを買って、身につけて、射幸心を消化することができると思ってる」
「回りくどいのはやめてください。なにが言いたいんですか?」
「お前が身につけている物で高価そうな物が何一つとしてない。普通ならどこかに金がかかってそうなものを身につけるもんだ。でもお前は違う。そうなれば着飾るタイプの守銭奴じゃないな」
「宝石や貴金属には興味がありませんので」
「そうなると金を別の部分に使っていると考えられる。それでも、そんな古びたカバンや水筒、ネックレスなんかを身につける必要はない。少なくともそれらを買い換えるくらいの金はある。お前はもっと、こう、普通じゃない金の使い方をしてるんだ」
「だからなんだと言うんですか。無駄話はここまでです。あとは休憩無しで山を降りますから」
シャルが力強く立ち上がった。繋がれた鎖がジャラリと音を立てる。
この時、なんとくなくだが状況を打破する案が浮かんできたような気がした。
俺たちはまた歩くことを強要された。どうせ下山しなきゃならないのだが、強要されると反抗したくなってしまう。しかしヴァルとノアが人質として捕らえられているので我慢するしかない。
紋章の力を使えばこの場は切り抜けられるだろう。だが問題なのはその後だ。もう一人の監視者がなにものか、それがわからないと動くに動けない。
霧がどんどんと深くなっていく。この霧はシャルが発生させたものだと言っていたが、ここまでの濃霧となるとちょっと話が変わってくる。
「なあシャル、この霧はお前のせいなのか?」
「そうだって言ったじゃないですか」
「こんなに濃い霧にする必要あるか?」
「そんなの、アナタが知る必要はないでしょう」
そう言いながらも顔は曇っていた。やや青ざめていたようにも見えた。もしかすると、もしかするかもしれない。割と好機は近いかもしれないのだ。
後ろを振り向くと、大男に担がれているヴァルの身体がゆさゆさと揺れていた。その手が、ゆっくりとグーとパーを繰り返していた。
そしてノアの方も、ヴァルと同じようにグーとパーを繰り返している。起きた、ということだろう。ビーストには「ただの麻酔薬」は長時間きかないみたいだ。俺も覚えておいた方が良さそうだな。
左手を左胸に、右手を首の左側に当てた。紋章のある位置だ。そして意識を集中させる。二つの紋章が焼けるように熱くなって、けれどその熱さに意識を向けている時間なんてない。
シャルが弾かれるようにこちらに振り向いた。しかしもう遅い。
後方へと駆け出し、まずはヴァルを救助する。男を蹴り飛ばしでヴァルを抱きかかえるが、ぐったりとしていてまだ本調子には遠そうだ。
俺がヴァルを抱きかかえたとき、ノアが一人で男を倒していた。やはり目は覚めていたようだ。この時を待って行動を起こしたとなれば、この先もだいぶ頼りにしていい。
「アナタたち! こんなことをしてただで済むとでも――」
周囲の男たちを一気に殲滅。紋章の力はかなりのもので、しかも複数をいっぺんに使用できるみたいだ。クソ雑魚から一気に主人公補正を受けてしまったようで喜んでいいやら。でも使用時間はそこまで長くないようだ。しばらくしたら、紋章に宿っていた焼けるような熱さはなくなった。それでもシャル以外を気絶させたのでよしとしよう。
「さて、残るのはお前だけだな」
「どうして、こんなことを……」
「そりゃまあ、二人、三人を助けるために」
「三人?」
「お前を含めて三人」
その時、後方から足音が聞こえてきた。
「ヴァル、やれるか」
「霧を晴らすだけならね」
「喋れるってことは結構回復したってことか。頼むぞ」
ヴァルが弱々しく手のひらで地面を叩くと、周囲の霧が一気に晴れていく。前も見えないほどの濃霧は嘘のように消え去った。そして、歩いてきた人物と対峙することとなった。




