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予想に反し、モンスターはまったく出てこなかった。あの感じだと大量のモンスターに襲われてガナードに向かうどころじゃなくなると思ってたのに。
霧が晴れる気配はまったくないが、ヴァルがその都度霧を晴らしてくれるので進む分には問題なかった。働かせっぱなしというのも悪いし、ガナードについたらマッサージの一つでもしてやるか。
途中で休憩なんかもはさみ、道が少しずつ下方に向けて傾き始めた。このまま順調にいけばガナード到着するのも時間の問題だろう。このままいけば、なんだが。
そのとき、ノアの足がピタッと止まった。
「どうした?」
「なにか来る」
「なにかってなに? もしかしてモンスターとかそういう感じ?」
それならそれで予想通りだ。こんなことで驚くような男ではない。
「走ってくる足音、かな。それもかなり大人数」
「大人数ってことは人なのか。でもこの霧の中で走るって相当危なくないか?」
「霧の中でもちゃんと前が見えてるなら問題ないわよ」
ヴァルがこちらへと振り向き、腰に手を当てながらそう言った。
「今のお前がやってたみたいに霧を晴らしながら進んでるってことか?」
「いや、これだけの速度となると霧の中が見えるような魔法って感じかしらね」
「そんな魔法があるなら最初から俺たちにかけてくれよ……」
「人に魔法かけるのって苦手なのよね、私。こう、加減がうまくできないというかね」
「不器用か」
「可愛くない?」
「ババアが不器用アピールして可愛がってもらえると思うな」
「ホント可愛くないわね」
こんなことをしている間に俺の耳にも足音が聞こえるようになった。後方、つまり今まで歩いてきた方からだ。完全に目的があって走っている、という感じだ。目的が定まっていて、迷うことなく走ってくる。そう、こちらに向けて走ってきているのだ。
「目的は俺たちと一緒、なのか?」
「一緒というより、その目的が私たちなんじゃないかと思うけどね」
「それ、どういうことだよ」
少し遠くからではあるが、たくさんの視線が俺たちを見ている。そんな感覚があった。
「囲まれたか。ヴァル、広範囲で霧を晴らすことはできるか?」
「仕方ないわね。魔力の消費が激しいからやりたくなかったんだけど……」
ヴァルは両手を合わせ、大きく音を出した。
次の瞬間、周囲の霧が一気に上空へと舞い上がっていった。目測で半径二十メートルほどの拓けた空間が現れた。それだけでなく、俺たち四人はすでに囲まれていた。ガスマスクのようなものを被っていて顔は見えないが、全員男であることは服装や体つきでわかった。決して綺麗な格好ではない。茶色い上着に黒いズボン。裾はやや擦り切れている。
十数人の人間に囲まれているという異様な状況だが、それでも俺が焦ることなどあってはならない。なぜならば俺には優秀な奴隷が――。
「お、おいどうした」
ヴァルが地面にへたりこんでしまっていた。両手をつけて、苦しそうに肩で息をしている。
しゃがんで顔を覗き込むが、顔は真っ青で、額には玉の汗を浮かべている。
「なんでも、ないわよ。朝食、変なものでも食べたのかも」
「それでこんなふうになるのか? 腹が痛いのか?」
「わかんない、全身が痛い」
背中を擦ってみるが、荒い息も、吹き出るような汗も、苦悶の表情も回復する兆しはない。
「ノア、ヴァルを抱えてここから逃げるぞ」
しかし、ノアからの返事はない。
今度はノアが膝をついていた。
「お前もかよ……」
「申し訳ないけど、予想以上に手練みたい」
ノアが自分の腕を押さえている。そこには細い矢のようなものが刺さっていた。ノアの身体能力で避けられなかったということは、なにかしらの魔法が施されていると考えていいだろう。
「お前ら、何者なんだよ」
ジリジリと男たちが近付いてくる。戦えるのが俺だけとなればやることは一つだ。
剣の柄をそっと握り、深く短く呼吸した。




