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 平坦な山道を登り続け、次第に霧が出始める。俺たちは一般人を追い抜いて歩いてきたため周囲に人はいない。


「ここってこんなに霧が深いのか? ほとんど前が見えないぞ」

「さすがにここまでの霧は、何百年に一度ってくらいだけど……」


 と、そこで思いついたかのようにヴァルが手を叩いた。


「あー、わかった。今日がその数百年に一度なんだ」

「まあそういうことだから濃霧なんでしょうけども」

「そういうことじゃなくて。そもそも何百年に一度、なぜ濃霧になるかって話になるわけよ」

「知らないけど」

「アンタに訊いたわけじゃないから。ちょいちょい会話がズレるわね」

「俺が悪いみたいな言い方やめろって。で、なんで濃霧になるんですか、ヴァレリア先生」

「こほん、いいでしょう。このサルボワ霊峰は元々精霊を祀る場所だったの。今はもう精霊という概念そのものがかなり薄れてしまったけど、それでも精霊はいる。でも力そのものが弱くなってしまい、人前に姿をあらわすことが少なくなった。そこでこの濃霧なわけ。霧が濃くなった時にだけ精霊が現れる」

「じゃあ今精霊がどこかにいるわけだ」

「そういうこと。でもいくつか問題があるのよね」

「んー、あんまり訊きたくはないんだけど問題ってなに?」

「この濃霧、魔力が非常に濃いのよ。だからさ、モンスターも強くなっちゃったりするのよね」

「それ、一般人への被害が尋常じゃないのでは?」

「だからほら、私たちの周りには人いないじゃない」

「わかった。霧が濃くなってきたのを見て、登山客とかはさっさと引き返したわけだ」

「そう! やればできるじゃない!」

「ノア、コイツの乳ビンタしていいぞ」

「うむ」


 迷うことなくノアの右手がヴァルの左乳をひっぱたいた。


「痛いなあ?! なんてことすんのよ! っていうか自分でやりなさいよそれくらい!」

「いや、なんかここで手を出したら二人の距離が近付いた感じになるじゃん? それは避けたいなって」

「遠回しに拒否られてる……」

「当たり前だろ。なんで知ってて黙ってたんだっつー話だよ」

「今気付いたんだから仕方ないでしょうが」


 腕を組んでそっぽ向いてしまった。この歳で不貞腐れるんじゃない。


「じゃあ俺たちも引き返した方がいいんじゃないか? もう一日くらいキレットに泊まる選択肢もあるだろ」

「この濃霧、一週間は続くわよ?」

「一週間はちょっと長いな。でもこの霧でどうやって進むんだ。もう前が見えなくなってきたぞ」


 今まではまだ先が見えていたからよかったが、ここに来て数メートル先も見えなくなってしまった。これだと引き返すのも危ない。


「進むしかないんじゃない? ヴァルなら霧くらい晴らせるでしょ」


 ノアがごく当たり前のように言うが、ヴァルは首を縦に振らなかった。


「それがそうもいかないのよ。この霧は魔力の霧と言ってもいい。数分くらいならなんとかなるけどすぐに元に戻っちゃうのよ。完全に切りを晴らすとなると、山一つ吹っ飛ばすしかないわね。やる?」

「聞くまでもないだろ。やらないから。数分だけ霧を晴らして、少し進んで、霧を晴らして、この繰り返しでなんとか山を下りるしかない」

「それやるの私なんだけど」

「やってくれるよな?」


 眼と眼を合わせて数秒、ヴァルは「やるわよ……」とため息をついていた。


 その時、霧の中に人影が見えた。その人影がこっちへと歩いてくる。一歩一歩、淑やかな動作で近付いてきていた。


「あら、こんなところで人に会うとは思いませんでした。アナタたちも迷ったんですか?」


 現れたのは一人の女性。髪の毛は肩の辺りまであり、少し露出が多い服を着ている。上着は横乳が見えてるし、下はチャイナドレスのようにひらひらしていてスリットが腰よりも上にきている。美人ではあるが年は若まだそうだ。体つきが非常に女性らしい。と言ってもボリューム的にはヴァルには及ばない。が、なによりも気になったのはその耳だ。長く尖った耳を見る限りエルートだろう。


「アンタも迷ったのか?」

「ええ、急に霧が出てきたもので、進むのも引き返すのも難しくって……もしよろしければご一緒させてはもらえませんか?」


 人の良さそうな笑顔。まあこの人ならばおかしなことはしないだろう。たとえば強盗だったとしても、この霧じゃあ逃げられないしな。


「俺は構わないんだが、二人はどうだ」

「私は別に良いわよ。アンタが乳と太ももに釘付けにさえならなければね」

「それはまあ、時と場合による。ノアは?」

「私もいいわよ。断る理由がないし」

「ってことだ。よろしく頼む」

「おーい! 私の意見は!」とか後ろで言ってるヴァルのことは無視し、女性に向かって手を伸ばした。

「シャルロット=ブランバートと言います。シャルと呼んでもらえればいいかと。よろしくお願いしますね」


 彼女がニコリと微笑んだ。この笑顔、なんか含みがあるような気がするんだが、気の所為で終わってくれることを祈るばかりだ。

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