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サルボワ霊峰。多くの魔法使いが修行をする場所であり、山頂付近のモンスターはやたらと強く冒険者たちも腕試しに来るらしい。サルボワ霊峰の山頂のみに咲くと言われる花を摘みに来る人もいて、思った以上に賑やかだった。
「賑やかっていうかこれは……」
サルボワ霊峰の麓でさえ、たくさんの人でごった返していた。食事を取れる店が何軒も立ち並び、登山用品を売る店も何軒か見られる。修行の場とか言いながらただの観光地と化していた。
「サルボワ霊峰は何年も前からこんな感じよ? トレッキング目的の人も多いしね」
「トレッキング、この世界にもあるんだな」
「そりゃあるわよ。特にこの山はガナード方面に抜けたり山頂を目指さなければ軽く登山するには最適だから。上の方に行かないとモンスターは出ないし、一般人がトレッキングを楽しむのにはちょうどいいのよ」
「ことごとく俺のファンタジー観をぶち壊してくるな、この世界は」
「世界観なんてのは結局主観に過ぎないのよ? アンタからしたらここはファンタジーかもしれないけど、私たちからしたらアンタの世界がファンタジーになるわけだし。他の世界の人たちからしたら私の世界もアンタの世界もファンタジーになりえる。そんな主観の話をしても意味ないでしょ? 受け入れるしかないのよ」
背中を叩かれ「さ、行くわよ」とヴァルが先頭を切った。
食事はキレットで済ませてきたし、ガナード方面への道もそこまで時間はかからないようだ。
霊峰の入り口にはガナード行き、頂上行き、登山道行きという三つの看板があった。
「ガナード行く途中で山頂には行かれないってことか?」
「そんなことないわよ。入り口は三つあるけど、三つの道はところどころで繋がってるし、途中で行き先を変えることだってできるわ」
「なんだろうな、すごく嫌な予感がするんだよな」
「嫌な予感ってなによ」
「こういう場合ってのはな、目的地に到着させないために遠回りさせんだよ」
「誰が?」
「さあ? 神様?」
「神様なんていないわよ。いたらぶん殴ってやるわ」
「なんで神様恨むわけ? それにこの世界にも宗教とかそういうのあるだろ」
「私は無神論者なの。だから殴る」
「理論破綻の極みだが」
「だっておかしいじゃない、私がいまだに独身っていうの。子供の百人や二百人くらいいても不思議じゃないわ」
「お前が独身っていうのは疑問ではあるが、子供が数百人はさすがに引くわ」
「ほらほらほらほら、私の魅力を認めたわね? まあ? 好みじゃないけど? アンタの子供産んであげるのもやぶさかじゃないっていうか?」
「じゃあ好みの男に全裸で土下座でもしてろよ。行くぞ」
ノアの手を取ってヴァルを追い越した。ガナード行き、という看板が書かれている道へを足を踏み入れた。
「なぜだ……なぜダメなんだ……」
「そういうところがダメなんだって」
ヴァルは頭を抱えながらも俺たちの後をついてきた。
「エージはヴァルのこと嫌いなの?」
ノアが不思議そうに俺を見上げる。
「別に嫌いなわけじゃないけど。むしろあの感じ、いろんなもん振り切れた感じは好きだぞ」
「じゃあ子供の一人や二人くらい仕込んであげれば?」
「子供っていうのはそうやって作るもんじゃないから。おもちゃでも愛玩動物でもない。この世界に産まれた瞬間から人間なんだ。親が「子供が欲しいから」っていうただそれだけの理由で作るもんじゃない。その子供にどうやって育ってほしくて、どういう人間になってほしいのか。そういう明確な未来予想図を描けないような人間が子供を作るべきじゃない」
「思った以上にちゃんと考えてるのね。童貞なのに」
「どどどどどど童貞ちゃうわ」
「で、本当はヴァルのことどう思ってるの?」
「うーん、重そうな女だなって思ってるよ。付き合ったらとんでもなく後悔する感じの面倒臭さがあると思う。身体が劣化しないってわかってるのに生き急いでるのがそう思わせるのかもしれんな」
「おい! 聞こえてるぞ!」
「大丈夫だ、聞こえるように言った」
「あああああああああああああああああああ! うぜええええええええええええええ!」
背中を平手でバシバシと叩かれた。たまにグーパンになるの、割りとマジで痛いから辞めて欲しい。
「でも誰でもいいってわけじゃないくせに、どうして俺に突っかかってくるのかがよくわからん」
「いやだから、アンタがその気になったらこっぴどくフッてやるつもりなんだってば。童貞なんてセッ○クスで一発よ」
「伏せ字の意味がない」
ガナード方面に行く人もそこそこいる。これだけ騒いでいれば当然人目につくのだが、ヴァルはあまり気にしていないようだった。
厳格な霊峰だと言われていたが、蓋を開けてみればかなりカジュアルな感じだった。割りと軽装でカナード方面への山道を登る人もいるくらいだ。これならばモンスターが出ても大したことはない。
これがフラグであることを、俺はまだ理解できていなかった。




