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俺はヴァルを抱き上げた。とりあえず来た道を戻って、早く町に戻らないと。
「エージ、ここは私が運ぶ」
ノアが俺の前に立った。
「いやでも」
「ビーストなんだ、私の方が力がある」
確かビーストはヒューマンよりも筋力が発達している。男としてどうなのかとは思ったが確実な方を選んだ方がいい。プライドとかそんなものは意味がない。
「わかった、任せるよ」
ノアにヴァルを預け、俺たちは町を出た。ノアが走る速度は非常に速く、俺が全力疾走しても見失いそうになるほどだった。町に戻ったときにはその場で吐いてしまうかとさえ思った。
町医者はすでに閉まっていた。寝ているんだろうと思ったが、何十回もドアをノックして叩き起こした。町医者のじいさんは寝ぼけ眼だし、正直信用していいのかどうかもわからない。それでも託すしかなかった。
施術が終わって診察室に案内された。ヴァルはベッドですやすやと眠っており、思わず安堵の息が漏れた。
「正直、私がすることはほとんどなかったんだけどね。いったいどうなってるんだい」
医者がメガネを直しながら言った。
「どうなってるっていうのは意味がわからないんだけど」
「出血は酷かったが傷が塞がりかけていたんだよ。縫うほどでもなかったから、消毒して軟膏塗ってガーゼを貼っておいた。今日は帰ってもいいよ」
この医者がいい人でよかった。この分ならめちゃくちゃな治療費は取られないだろう。
ノアがヴァルを抱え、俺たち三人は部屋に戻った。ヴァルをベッドに寝かせると、見計らったかのように目を覚ます。いや、部屋に到着するの待ってたなコイツ。自分で歩きたくないからって。
「お前、実は病院から起きてただろ」
「あら、気付いちゃった? それは残念」
「まあいいけど、しばらくは療養だな」
「珍しく優しいのね。明日は雷かしら」
「冗談言ってる場合か? もしかして全然きいてないのか、あの攻撃」
「きいてないわけじゃないけど傷は塞がってるわ。ただ、ちょっと厄介なことになったけどね」
ヴァルは服をはだけさせ、ガーゼを強引に剥がした。確かに傷口は塞がっているが、まだ塞がりきっていない。皮が寄り集まろうとしているのか、穴の部分だけシワができていた。
「本当なら数秒で回復するのよ。これでもフェニックスの羽を食べてるんだもの。でも何分も経ってるのにここまでしか回復してない」
「あの攻撃が特殊だってことか?」
「それは正解だけど、傷の治りを遅くするなんてちんけなものじゃないわね。僅かだけど、私の不死性を奪い始めてる。それに魔力もちょっと下がってるみたい」
「効果が続いてるってことかよ。それ、ヤバイんじゃないか?」
「今は大したことないわね。アンタが思ってるよりも私の魔力は強大なのよ。あの攻撃、というか弾丸にどんな効果があったのかはわからないけど一発程度じゃどうってことないわ」
ベッドから足をおろして立ち上がる。腕を回したりストレッチをし「よし、大丈夫」と笑っていた。しかしその「大丈夫」が逆に不安を煽っていた。
「とりあえず朝まで寝て、起きたら迷いの森に行くわ。トレントに話をきかなきゃね」
「本当に大丈夫なんだな?」
「心配しすぎでしょ。傷も塞がりかけてるし、明日には完治してるわよ。さあ子供は寝る時間よ」
「元々はお前が夜更かし強要したんじゃねーか……」
普段と様子は変わらないので、心配しすぎない方がいいかもしれない。
本当はヴァルにベッドを譲ろうと思ったのだが「人肌が恋しい」とかわけわからないことを言い始めたので三人で同じベッドで寝ることにした。ヴァルが手を握ってきたが、今日くらいは好きにさせてやろうと思った。




