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「久しぶりね、ヴァレリア」
「二度と会いたくなかったけどね」
本気でそう思っているんだろう、大きなため息をついていた。
「アレとお前、どういう関係なんだ?」
「アレの名前はアイヴィー。で、簡単に言うとアイツは私のストーカーなの。ことあるごとにちょっかい出してくる。寝ている間に勝手に家に入るし、勝手に朝食とか作ってるし、勝手に風呂には入ってくるし
、とにかく面倒臭いわけ」
「モンスターなんだよな?」
「一応ね。メタモルスライムって言って、変幻自在に姿形を変えられるの。かなり珍しい種類のモンスターで世界でも目撃が少ないのよ。オールドレアってランクに該当するかしらね」
「オールドレアがもうわからないけど」
「モンスターの希少価値のランキングよ。コモン、レア、ダブルレア、トリプルレア、オールドレアの順に希少価値が高い。オールドってのは相当前からいる、いわば化石級のトリプルレアみたいな感じね」
「非常にわかりやすい」
ソシャゲ感満載だったので、現代っ子の俺は理解が早いのだ。
「こそこそ話をしているところで悪いんだけど、せっかく出てきたのだから私と話をしましょうよ」
アイヴィーは人差し指を顎に当ててしなを作った。さっきまでスライムだったとは思えないほどに人間臭い。そして色っぽい。好みではないが普通の男性ならばメロメロだ。
「お前と喋ることはなにもない。私に粘着しただけじゃなく、蘇ってすぐにトレントを脅してモンスターを攫ったなんてどうかしてるわ」
「だってお腹すいちゃったんだもん。空腹には逆らえないわよね」
「ドライアードの姿が見えないのもお前の仕業ね」
「ご明察。さすが私のヴァレリア、冴えてるわあ」
恍惚の表情で身体をビクンビクンと痙攣させている。絶対近づきたくないタイプだと直感した。まあ俺が近づかなくてもヴァルがなんとかしてくれるだろう。なんとかしてくれなくても命令すればいい。なんというクズ思考かと自分でも思うが、権利は使わなければ権利でなくなるのだ。持っているだけでは意味がないのだ。持っているだけで意味があると勘違いしているから童貞は童貞なのだ。そう、俺のように。
「さあ覚悟なさい。また封印してあげるわ」
「んー、申し訳ないけれど無理ね。トレントに命令したのは私だけど、私はまた別の人間に命令されてやったことだから」
「どういう意味――」
それは一筋の光。糸のように細く、目にも留まらぬ速さだった。一本の光の筋がヴァルの胸元を撃ち抜いた。背中から地面に落ちそうになるところを咄嗟に支えた。よく身体が動いたもんだ。
スッと、言葉もなくノアが俺を守るようにしてアイヴィーとの間に入った。思った以上に俺の従者は有能らしい。
「大丈夫かヴァル」
俺の腕の中でヴァルが薄く目を開けた。
「大丈夫だけど、大丈夫じゃないわ」
「喋れるなら問題ないな」
「なに、それ。傷と関係ないじゃない……」
ドレスの胸の部分には百円玉ほどの穴。そしてその部分からシミが広がっていく。痛くないはずがないのに、ヴァルは笑顔を絶やさなかった。
「お前、笑ってる場合じゃねーだろ」
「こういう時どういう顔すればいいかわからないだけよ。こんなこと、初めてだから」
顔を上げてアイヴィーを見ると、隣にはマントのフードを目深に被った人物が立っていた。銃を持ち、けれどこちらには構えていない。そいつがフードを取った。中肉中背の男で、目尻から頬、顎に掛けて大きな傷が見えた。
「よくやったアイヴィー」
男がアイヴィーの頭を撫でる。彼女は「これくらいはね」などと誇らしげに微笑んでいた。
「お前、なにもんだ」
「答える義理はない。それに用事はもう終わった。行くぞ」
「はいはい。それじゃあねヴァレリア。きっとまた会うこともあるでしょうし、その時までちゃんと生きててね」
アイヴィーが指を鳴らすと、二人は地面の中へと吸い込まれていく。アイヴィーは最後までニヤニヤしていて気分が悪くなりそうだった。それ以上にあの男が始終無表情だったことに腹がたった。
「なんなんだよアイツら……」
だがそんなことを言っても始まらない。今はヴァルを助けなければいけない。




