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「エルザ、様です……」
「そのエルザっていうのは何者? 私の推測が確かなら、たぶんなにかのモンスターだとは思うんだけど」
「その通りです。ドライアードみたいですが、急に現れてあの森を支配しました。文句を言う者はドライアードだろうとトレントだろうと関係なく殺すのです。あの力はドライアードが本来持つものとは思えません」
「命を握られれば従うのもやむなしね。でもアナタたちトレントは焼き払われても根っこが少しでも生きてれば復活するじゃない」
「切られる、燃やされる程度ならば痛みはありますが時間さえあれば元に戻ります。しかしあれは違うのです。あれはそういう物理的なものじゃないんです。説明は難しいんですが……」
「わかったわ、ありがとう。それじゃあアナタたちはここにいなさい。夜明けに戻れば元通りになってるでしょう」
マントを翻してヴァルが歩き始めた。
「さあ行くわよ。目指すは迷いの森よ」
「言わなくてもわかってるけどね」
「うるさい。さっさと歩きなさい」
「わかったわかった。っていうかそのマントなんなの?」
「かっこいいでしょ?」
「クソダサブラックマント」
「ホントムカつく男ね……」
俺の横ではノアがケラケラ笑っていた。
そんなこんなで迷いの森に到着したのだが、なんだか森の様子が少しおかしい。風もないのにざわめいて、森自体が悲鳴を上げているようにも聞こえた。
「ちょっとマズイかも。もう少しだけ上手くやれればよかったんだけど」
ヴァルがいきなり走り出した。声を掛ける暇もなく、ただ後ろ姿を追いかけることしかできなかった。それくらい足が速いのだ。
走り始めて気づいたのだが、森が少しずつ動いていいるみたいだ。まるで俺たちの前に道を作っているようだ。そしてその道に沿って、ヴァルは迷いなく走っていく。迷いの森なのに迷いがないとはこれいかに。
そんなバカなことを考えている暇はない。正確にはあまりない。結構必死に走らないと背中を見失ってしまうからだ。目が暗闇に慣れているとはいっても森の中だ。まあ見失っても道があるからなんとかなりそうな気はするが。
ヴァルが足を止め、俺とノアもようやく一息ついた。しかし息が上がっているのは俺だけで、女性陣はまだまだ余裕がある。
止まった場所は拓けていて、向こう側になにかが見える。雲が晴れて月明かりが森を照らすと、それが遺跡のようなものだとわかった。しかし遺跡は半壊していて元の姿はわからなかった。
「お前ら体力あるな……」
「私は身体強化の魔法を使ってるからよ」
「ズルじゃん……」
「私はビーストだからヒュートよりは体力がある」
「ズルじゃん……」
「ズルではないだろ」
刹那、周囲の気温が一瞬で下がった。張り詰めててピリッとした痛みさえある。
「どうなってんだ、なにが起きるってんだよ」
「黒幕のお出ましってこと」
瓦解した遺跡の中心部から黒い靄が出現した。上空へと登ったそれは、急降下して俺たちの前に落ちてきた。大きさは家ひとつ分くらいはあるか。地面に落ちたかと思えば、軟体生物のようにぐにゃぐにゃと形を変えていく。最初は気体に近いかと思ったが、どちらかというと液体に近いのかもしれない。
「なあヴァル、あれなんだ? 見たことあるか?」
「一度だけ見たことあるわ。というか戦ったことがある。なるほど、エルザっていうのは偽名なのね。しかもドライアードですらない」
「よくわかんねーけどお前に任せておけば大丈夫ってことか」
「うーん、たぶんね」
「なんで自信なさそうなんだ? お前にしちゃ珍しいな」
「前回、というか私が封印した時とはいろいろ違うのよね」
「もしかしてこの遺跡に封印したってこと?」
「そういうこと。倒せないのよあれ。無理に倒そうとすると分離しちゃうし、かといって魔法もあんまり効かないし、私には封印するだけで限界だったの。封印した時は指の先くらいまで小さくしたんだけどな」
「指先からあんなにデカくなるもんなのか」
「二百年くらい経ってるからそれもやむ無し」
「まあ二百年なら仕方ないかな」
妙な納得感がある。
その間も軟体生物はどんどんと形を変えていく。小さく細く変化して、それは人の形になった。非常にスタイルがいい女性の姿だった。髪の毛は長くヴァルと同じくらいある。気が強そうな顔つきで、目は糸目という言葉がピッタリ似合うほどに細く切れ長でだった。




