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それから夜になるまで、俺たちは基本的に部屋から出なかった。ヴァルに指示されたからだが、意味があると思ったから従った。正直、どっちが主人かわからなかったが割とどうでもよかった。俺には征服欲とかは特にない。
夜になって、俺たちは牧場に向かった。物陰に隠れて入り口付近を監視する。
「なんかわくわくするわね、こういうの」
ヴァルは俺の背中に胸を押し付け、鼻息を荒くしていた。彼女が羽織っているマントのせいもあるだろうが、暖かいというかやや熱い。
「修学旅行中の学生かよ」
「夜に異性と二人で肌を密着させる。ドキドキわくわくじゃない? エイジもドキドキしてるんでしょ?」
「精神年齢低すぎない?」
「ちょっとは私のおっぱいにドキドキしなさいよ」
「大きいからって男をドキドキさせられると思うなよ。小さい方がいいこともある」
「でもノアには手を出さない」
「愛でる方法は人それぞれだぞ。いい年なんだから学習しような」
パシンと頭を引っ叩かれた。
「痛いぞ」
「私の心はもっと痛い」
「学習能力が低いからでは?」
再び叩かれた。話すたびに引っ叩かれてはたまらない。ここは口を閉じておいた方がいいだろう。
「なんか喋りなさいよ」
「黙ってられんのかお前は……」
ちなみにノアはというと、俺のにもたれかかって眠っていた。よくこんなところで眠れるなとは思う。だが一度眠るとなかなか起きない、ないしまたすぐに眠ってしまうのがノアという女の子だ。可愛いのでとりあえずこのままにしておこう。
「何度も何度も胸を押し付けてくるんじゃない」
ノアの寝顔を微笑ましく見守っているというのに邪魔をしないでほしい。
「その気になるまで、私はやめない」
「その気になったらどうするつもりだ? 俺と一緒にベッドに行くか?」
「はん、手ひどく断って高笑いしてやる」
「誰かを虐げたいだけかよ。性格極悪おばさんだな」
「なんか言った?」
「性格極悪おばさん」
「そこは「なにも言ってない」っていうのがテンプレでしょうが!」
「声がデカイ。ほらみろ、森の方からなんか出てきたぞ」
ぞろぞろ、というほどではないが数十人はいる。いや、数十体っと言った方が正しそうだ。
「あれ、全部トレントか?」
「よくわかったわね。いい子いい子してあげるわ」
「胸にある脂肪の塊で頭を撫でるんじゃない」
「大体の男は嬉しがるのに」
「今はふざけてる場合じゃないだろ。これからどうするんだ? なにするとか聞いてないんだけど」
「全部焼き払う、それだけ」
「また力に物をいわせるやり方だな」
「いいのいいの。必要なのはトレントがここにきたっていう事実を確定させたいだけだから。じゃないと迷いの森で追求できないでしょ」
「追求って、なんの?」
「この件の首謀者を見つけないと解決しないでしょうが。そいつは迷いの森にいるわけよ。でもとぼけられても困るから、ちゃんと確認してからねって話」
「それならそうと最初から説明してくれればいいのに。なんで黙ってた?」
「確証がなかったからだって」
「全部勘で動いてたってことか? それはそれでヤバイやつだなお前」
ヴァルは「まあね」と舌を出してウインクする。これからもコイツに振り回されるのかと考えるだけで頭が痛い。
「よし、行きましょうか」
俺の肩を軽く叩いたかと思えば、ヴァルは一人で飛び出していってしまった。
「お前も大変だな」
今度はノアに肩を叩かれた。憐れむような目でこっちを見るんじゃない。
「それはまあ、お互い様ってことで」
仕方なく、俺とノアもあとを追いかけることにした。
だが予想通りと言っていいのかどうか、俺たちが到着するころにはトレントの群れは丸焦げなわけだが。
「あのさ、俺にも見せ場作るとかそういうつもりはないの? 到着直後に全滅ってどう考えてもおかしいでしょ」
「遅いのが悪い」
「魔法使って数秒後には焼け野原だったじゃん……」
「だが全部燃やしたわけじゃなさそうだぞ」
ノアが言う通り、実際は完全な焼け野原ではない。無傷とはいかないがい生き残っているトレントもいた。
「二体生き残ってんな。お前の魔法も大したことないってことか」
「わざとだけど? そんなこともわからないの? 大丈夫?」
「あ?」
「なんでもないです」
主従関係ははっきりさせてやらなきゃいけない。
トレントへと歩み寄ると、二体のトレントはぶるぶる震えてしゃがみこんでしまった。そりゃ仲間がこんだけやられれば、この反応が普通だわな。
「わかってると思うけど、嘘をついたら焼き殺す。いいわね?」
トレントは身を寄せ合ったまま何度も頷いていた。まだ実感はないが、コイツはこの世界では有名な魔女なんだよな。仲間も殺されて脅されて、怖くないわけがない。
「それじゃあ質問。トレントはこの牧場のモンスターを攫ってた。間違いない?」
「ま、間違いありません」
「攫ったモンスターを餌にしてた?」
「そう、です……」
「じゃあそれを指示したのは誰?」
その質問をした瞬間、トレントの口が止まってしまった。言うか言わないかを迷っているような、そんな感じに見えなくもない。
「仲間のように燃やされたくなければ答えなさい。このまま戻っても殺されるだけだと思うけど、違うかしら?」
ヴァルの横顔は今まで見たことがないほど冷酷そのものだった。いつも俺に噛み付いてくる女性とはかけ離れていた。そしてその顔、その態度を揶揄できるような空気でもなかった。




