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俺とノアが男たちを縛り上げるのに一時間くらいかかってしまった。モンスターの方はヴァルが拘束した。その調子で人間の方もやってくれたらよかったのに。
「こっちは終わりだ。エージの方はどう?」
「俺の方も終わったぞ」
ノアが駆け寄ってきた。額に汗は浮かんでいたが、息は切れていなかった。逆に俺は肩で息をするほどに疲れている。自発的に体力をつけなければいけないな。
「しかし、これはどういうことなんだろうな」
「俺にもわからん。ヴァルと出会ったのだって数日前だぞ? アイツのことなんてほとんど知らないのと同じだ」
「ヴァルに召喚されたんだっけ」
「そうだ。でもまあ食い物は上手いし生活体系なんかもほとんど変わらないから苦じゃない」
「そう、それなら良かった。でも向こうでの暮らしに未練があるんじゃない?」
「未練がないと言えば嘘になるけど、まあこういうのも悪くないさ」
ヴァルに「謝れ」と言った男だけはヴァルが魔法で部屋に運んだ。全員を縛り上げたあとで部屋に戻れと言われたので、ノアと一緒に部屋に戻った。
「帰ったぞ」
部屋に戻ると男がイスに縛り付けられていた。口にはタオルを詰め込まれていた。正面のベッドにはヴァルが座っている。
「そういうプレイを俺たちの部屋でやんないで」
「プレイじゃないから。ほら、タオルとって」
「なんでそういうの俺にやらせたがるの」
「見てるの楽しいし」
「あーもう、ばっちいなあ」
男の口から生えているタオルを引き抜き、そのままゴミ箱に入れた。ヴァルは俺の様子を見てケタケタ笑っていたが今は放っておくことにしよう。心無にすれば侮蔑も虚する。
そのうち覚えてろよ。
「てめえ! いったいなんのつもりだよ!」
「しーっ。アナタと話がしたかっただけよ。まず名前を教えて」
「なんで教えなきゃなんねーんだ」
「協力して欲しいから」
「協力? こんなことしておいて協力だ? ふざけんじゃねえぞ!」
「アナタがモンスターを使役して迷いの森に行ってたのは知ってる。トレントを襲ったのも。私は常に中立でありたいし、魔女とはそういう存在よ。こうやって拘束するのだって正当化できる」
「確かに迷いの森には行ったがやましいことはしてない!」
「まず名前」
男はしばし黙り込み「アンドレ=ボスマン」と言った。
「ちゃんと状況は飲み込めてるみたいね。でも身構えなくてもいいわ。危害を加えるつもりはないから」
「で、なにが訊きたいんだ」
「なぜ迷いの森に行ったの? 大型のモンスターまで連れて行くってことは、それなりに理由があるんでしょう?」
「ああ、最近よくトレントが目撃されるようになったんだ。迷いの森の外でだ」
「正確には牧場の周りで」
「なんでわかった?」
「だろうな、と思ったから。トレントたちはなにをしてた?」
「奴らの仕業かはまだわからないけど、トレントが現れ始めた頃から牧場のモンスターがよく消えるようになった。最初は脱走かと思ってたが少し妙だった」
「妙、とは?」
「足跡さ。モンスターの足跡がなかった。その代わりに木の枝が落ちてた。それが頻繁に起きれば推測くらいはできるさ」
「トレントがモンスターを襲った」
「そういうことさ。だから迷いの森に行ったんだ。アイツらと話をするためにな」
「でもトレントの族長は腕をもがれてたわ。どうして戦闘になんてなったの?」
「俺が襲ったと思ってるのか? 逆だ。俺たちが襲われたんだ。そのせいで大型モンスター二体を失った。その上魔女に牧場を焼き払われた。商売上がったりだ」
そこまで喋って、アンドレが大きく息を吐いた。
「ノア、拘束を解いてあげて」
「信じるの?」
「事実よ。アンドレは被害者だから」
「このやりとりだけで正解を見つけられるとは思えないんだが」
「最初からおかしいとは思ってたのよ。トレントフォレストに入ったときからね」
「なぜ言わなかった?」
「確証がなかったから。だからモンスター牧場に行ったわけよ」
「で、俺の牧場を焼き払ったのか」
ノアがアンドレの拘束を解いた。痛かったのか、手首を何度もさすっていた。
「焼き払ってないわ」
「この期に及んでそんな嘘を……」
「焼き払った振りをしただけよ。勘違いしたのはアナタたちよ」
「じゃあなにか? 牧場ごとどこかに移動させたのか? それとも焼け野原に見えるようにしたっていうのか?」
「うーん、惜しい。正解はその辺の野原を燃やして、アナタたちをそっちに誘導させた。だから時間がかかった。牧場の前にちょっとだけ火を放って牧場の住人やモンスターを避難させる。その間に外に出た人間やモンスターに魔法をかけて、牧場が別の場所にあると錯覚させた。そこにあったのは焼け野原。はい完璧」
「なんでそんな面倒なことをしたんだ?」
「それはこれからわかるわ。アナタには部下を説得して欲しいの。しばらく別の場所で身を隠して」
「理由は?」
「今日の夜にトレントたちが牧場に行くはずよ。だから少しだけ身を隠してて欲しいのよ」
「昨日は行ってないのか?」
「ちょっと小細工をね」
そう言いながら、俺たちに向かってウインクした。トレントの森の前で張った結界は嘘だったのだ。確証が持てなかったから俺たちにも言わなかったと。もうちょっと信じてくれてもいいのに。
「大丈夫。モンスターは消えなくなるし、また仕事も再開できる。乗ってくれないと今までとなにも変わらないわよ? さあ、どうする?」
アンドレが黙り込む。顎髭を触り、ため息をついた。
「わかった。どっかに隠れて待ってればいいんだな?」
「ええ、明日の朝には終わってるわ」
「じゃあ部下に伝えてくる。行ってもいいか」
「ええどうぞ。ちゃんと言うことをきいてね」
「正直、魔女にケンカ売るなんてこの先一生したくないね」
なんて言い、アンドレは部屋を出ていった。今回のことで魔女がどれだけすごいのかを実感したということだろう。
「でだ、なんで俺たちにも黙ってたんだ」
「嘘付くのとか下手そうだったから」
「誰にだよ」
「はいここで問題」
「急だな」
「この事件がここで終わりか、否か」
「お前がそう言うってことはまだ終わってないのか」
「そういうこと。もう誰かを騙す必要とかないからね」
「含みがある言い方だな」
「気にしないで、すぐにわかるから。それじゃあ、みんなを起こしましょうね」
ヴァルが手を叩いた。だが、手を叩いた音は普通の音ではなかった。ぐわんぐわんと、変な耳鳴りがした。




