11
朝、目が覚めるとヴァルが俺の顔を覗き込んでいた。けれど俺は一言も発することができなかった。頭はやけにすっきりとしているのに、どうしてか喋ることができなかったのだ。
「なに? なんか顔についてる?」
ヴァルがそう言った。
「いや別に」
「ならなんで黙ってるわけ?」
「逆に言うとなんで俺の顔を見てるわけ?」
「別にそれはよくない? なんなら寝てるときに私の顔を見つめててもいいわよ。交換条件としては妥当ね」
「なんとなく、お前が俺の顔を覗き込んでた理由はわかる」
そう言ったあとで状態を起こした。
「イケメンだからとか言わないでよ? アンタがイケメンとか――」
「実際イケメンだろ」
俺がそう言うと空気が固まった。俺の言い方のせいか、ヴァルがすぐに言葉を返して来なかった。
「きゅ、急になによ。そんな真面目な顔するなんてらしくないわよ」
「らしくない、か」
俺は一体なにものなんだろう。現実世界だと思っていたものがファンタジーで、実はこっちが現実世界だったりするのだろうか。俺の本当の性格とはどういうものなのか。見て聞いて感じたことが、実は俺の感性ではなかったとしたら、なにが本当の自分なのかわからない。
でも、聞かなきゃならない。
「本当の俺ってなんだ? らしいってなんだ?」
「どうしたのよ。ホントにアンタらしくない」
「俺はどうして金髪なんだ?」
ヴァルが顔をしかめた。喉が鳴って、呼吸一つ一つが大きくなっているようだった。
「ずっと、金髪だったじゃない」
「瞳も緑色だった」
「だからどうしたの?」
「本当の俺は髪も瞳も黒いはずだ」
「記憶がなくなってるせいで勘違いしてるんじゃない?」
「じゃあ家族の記憶はなんなんだよ。あの記憶が蘇るたびに頭が痛くなる。お前、なにか知ってるんじゃないのか?」
たぶんだけどコイツは何かを知っている。というよりも知らないはずがないのだ。ヴァルが意図して俺のこの世界に呼んだのだ。実際のところ俺を呼んだのかどうかもわからないが……。
ヴァルが目を伏せた。右手の指を左手の指で弄び、深めの呼吸を繰り返していた。
「いつかこうなるとは思ってた」
そうして、ヴァルが語り始めた。
「別に黙っていようとしたわけじゃないの。アンタが自分の姿に違和感をもってなかったから、それならこのままにしておいた方がみんなのためだと思った」
「みんなっていうのは俺とお前ってことか?」
「この件に関わるすべての人間よ」
「すべての……」
「私と、アンタと、アンタの体」
「やっぱりそういうことか」
金髪を見たときになんとなくわかっていた。というよりも疑問に思っていた。この体は一体誰で、ヴァルはこの体をどこから持ってきたのか。そして、本当の俺はどうなったのか。
「これは誰の体だ?」
「誰のって言うほどのものじゃないわよ」
「元恋人か?」
「そういうんじゃないわ。ちょっとした知り合いみたいな感じね。家を追われてボロボロで、仕方なく拾ってあげたのよ」
「家にあった男物の服はそいつのか」
「それは歴代の元彼のよ。アイツも着てはいたけどね、文句とかも言わなかったから」
「男を住まわせてたってことか」
「雑用係よ。私の家、というかあそこって城みたいなもんでしょ? 私一人で管理できるわけないじゃない」
「二人でもキツイと思うがな」
「それがアイツは手際がよかったのよ。家事全般得意だったしね」
「好きだったのか」
「そういうんじゃないのよ、これが」
「で、結局そいつはどうなったんだ?」
「死んだわ。買い出しに行った帰り道に盗賊に襲われてね」
「つまりそいつを生き返らせたかったと」
「簡単に言うとそういうことね。いい子だったし、なんとかできないかと思って試行錯誤してたのよ」
「酒の勢いってのも嘘か」
「それは本当。ただそれくらい切羽詰まってたってことでもあるけど」
この話題は他にもいろいろ掘り下げが必要みたいだな。この体の持ち主に関してヴァルがどんな感情を抱いていただとか、他人の魂が入ってもよかったのかとか、そこまでして蘇らせたかったのかとか。




