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しばらく歩いていくと、先程の少女が誰かと話しているのが目に入った。話している相手はあのレニーではないか。
二人で歩いていくと、俺たちを見つけたレニーが大きく手を振って出迎えてくれた。
「さっきの二人じゃない、奇遇だね!」
「まあ奇遇と言っていいのかもしれんな」
そう言って少女へと視線を向けた。
次の瞬間、脇腹を思い切り殴られた。殴ったのは当然ヴァルだ。
「んだよいきなり」
「こんな少女に視線を向けるんじゃない」
「どういうことなんだよ……?」
「アンタが幼女を見る時の目は異常なのよ」
「そこまででもないと思うが……」
「そう思ってるのはアンタだけよ」
なんか知らんが肩パンされた。
そのせいなのかなんなのか、少女がレニーの後ろに隠れてしまった。よくよく見れば目元や鼻がレニーに似ているような気がする。
「もしかして、親子?」
「そうだよ。この子が走って帰ろうとしてたから止めたところ」
「走ってることが問題なのか?」
「それ自体はいいんだけどね」
レニーが少女に視線をやった。そこでようやく気づいた。少女は僅かながらに涙を流していたのだ。
「なるほど」
「こういう時はだいたい誰かとケンカしてきたことが多いから」
「よくわかるな。さすが母親ってところか」
「見てたの?」
「というよりも介入したというかなんというか」
「子供のケンカに割って入っていったってこと?」
「あれはケンカじゃない、イジメだ」
「ニーナがイジメられてた、って言いたいのね」
この少女がニーナであるということがわかった。なんというか、紹介されて名前がわかるっていうのはなんとなく、ちょっとだけ背徳感があるな。お互いに自己紹介しあってないからかもしれない。
「誰がどう見てもイジメだぞ。でもアイツらの言い分だと石を投げてきたとか」
俺の言葉を聞いて、レニーはため息をついていた。けれど彼女の左手がニーナの頭を撫でているところからも呆れてため息をついている感じではないことがわかる。
「上手く馴染めてないんだよね、この子」
その撫で方があまりにも優しくて、どれだけ愛情を込めて育てられているのかが想像できる。
「でも石を投げるほどって、馴染んでないとかいうレベルじゃない気がするけど」
「私はイビートだけど、死んだ夫がヒュートなのね。だから肌の色は白いけど、角や尻尾が生えてるの。この町はヒュートが八割、二割がドワルトなんだ。イビートは数も少ないし見た目も特徴的だから」
「疎外感、とかそういうことか」
「そう、だと思う」
「なにもしないのか?」
「私がなにかしても、この子が自分で解決しなかったら意味がないと思うんだよね」
「まあ人の家のことに口をはさむつもりはないからいいけども」
「そう言ってくれるとありがたい。それじゃあ、私はこの子を送ってから仕事に戻るわ。おにいちゃんたちにバイバイしなさい」
ニーナは俺とヴァルの顔を見てアカンベーと舌を見せた。
「いいよ、なんか嫌われてるみたいだし」
「エイジに見られたら女の子はみんなそうなるのよ」
勢いにまかせて拳を振ったがきれいに避けられた。
そんな俺達を見てレニーは笑っていた。
「仲、いいんだね」
どうしてか寂しそうにしているのが気になった。でもおそらく、亡くなった旦那のことを思い出しているんだろう。なんて勝手に考えていた。
それから親子は「じゃあね」とどこかに行ってしまう。娘を送り届けたら仕事に戻るとか言ってたけど、やっぱり大変なんだろうな。
「いろいろ事情はあるだろうが、俺たちが口をはさむのは違うよな」
「そりゃそうよ。気になったからって首突っ込んでたらストレスでどうにかなっちゃうだろうし」
「この件は忘れて宿に戻るわよ。新しい魔法札も作りたいし」
「この前作ってなかったか?」
「あれはあの時できる分だけ作ったの。今は魔力が少ないし、魔力が回復したら作っておかないともったいないわ」
「んじゃ帰るか。なんだかんだで俺も疲れたわ」
体も痛いし。少女の攻撃があんなに痛いなんて思わなかった。
俺たちは途中で間食できるような物や酒やら水やらを買って宿に戻った。
そして宿の前で彼女たちと同流することになった。
「やあ」
そう、ノアたちだ。
「もしかしてエージたちもここの宿?」
「ここにいるってことは、まあそういうことになるよね」
「最悪……」
なんて言いながらノアは頭を抱えていた。
「チェックインは?」
「済ませた」
「じゃあ宿を変えるのはもったいないよな」
俺はノアの腕を掴んで無理矢理引き寄せた。
「ちょっとなにを――」
「まあまあ、これもなにかの縁だろ。仲良くやろうぜ」
目端に見えたガーネットはまだふてくされているようだったが、仕方がないといったふうにため息をついていた。そして俺とノアが宿に入ると、他の連中もちゃんとあとからついてきた。そこにはガーネットとヴァルも含まれる。




