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「わかった、わかったよ」
そんなこんなでクロラに到着した。工業都市クロラはそこそこに大きく、天に向かって伸びるいくつもの煙突が印象的だった。建物は金属製で、今まで見てきた町とは趣が全く違うというのも面白い。
ちなみに俺がどっちについたかと言えば――。
「はい私の勝ちー!」
馬車を降りた瞬間、そんなことを言いながらヴァルは俺の腕を引いてずんずん進んでいく。
「そんなことしてるから嫌われるんだぞ」
「別に嫌われてないし。ちょっとした口喧嘩なんて誰にでもあることでしょ」
「いや、全人類に嫌われてるって意味で」
「だから嫌われてねーつってんだよ」
ヴァルの右拳が俺の脇腹にめり込んだ。
「利き手で殴るために左腕絡めてるわけじゃないよな?」
「さあどうでしょうね」
ズルズル、ズルズルと引きずられるようにしてクロラの中を進んでいく。
「いくつか訊いていいか」
「わざわざ確認する必要ある?」
「確かにそのとおりだ」
俺は一つ咳払いをした。
「アイツらと別れたけどどうやって合流するんだ? 泊まる場所とかもわからないままだろ?」
「ロウエンに通信用の札を渡してあるから大丈夫」
「通信用の札」
「私だって遊んでるわけじゃないってこと。常日頃から新しい魔法や魔法札の開発に余念がない。天才な上に努力家」
「無駄に年食ってるせいで暇持て余してるだけにしか見えん」
すかさず左手でボディブローから脇腹をガード。
「おい」
「やらせるわけねーだろうが」
「はいはい。で、他に質問はないの?」
「迷いなく歩いてるからなんか目的があるのかなと思って。ここって工業都市なんだろ? 魔法とは対極にあるっていうかなんていうか」
「クロラは農機具やらなんやらも作ってるけど、同時に武器や銃器なんかも製造しているのよ。ここじゃないと魔法に適合する武器ってなかなかないのよ」
「武器なんて必要か?」
「今の私はそのへんにいる魔法師とどっこいどっこいなのよ。護身用になにかしら持っててもいいでしょ」
「まあ確かに」
「あとはアンタの武器も」
「俺は持ってる」
腰に携えている剣を見た。
「普通の剣でしょ。ちゃんとしたの買って魔法を付与してあげるわよ」
「どんな魔法付与すんの? 魔力ほとんどないのに」
「今は簡単なの付与して、魔力が復帰したらもっとすごいのかけてあげる」
「簡単なやつの具体的な魔法を教えてほしいんだけど」
「ちょっと魔力を込めると火が出たり水が出たり風が出たり電気がでたりする感じの魔法」
「めちゃくちゃ危ないやつ」
「遭難した時は必要でしょうが」
「思ってたよりも小規模だった」
「私の魔力が低いんだからそんなにすごいのは付与してあげられないって。それに困ったら魔法札があるでしょ?」
「そういやいくつかもらったな」
実は馬車の中で五枚ほど魔法札をもらった。
一つは召喚獣を出せる札。大きな狼みたいな召喚獣を一定時間召喚できるらしい。ヴァルの魔力で具現化しているみたいだ。あとは爆発したり障壁を出したり、寒暖差を無効化したり、光の剣を出したりといった感じだ。どういう基準でこれを選んだのかはまったくわからない。どうせ訊いたところで教えてはくれないだろうし。
「それもすごい能力があるわけじゃないから一時しのぎにしかならないのよね」
「そうなの?」
「魔力が低いから、魔法の規模も強度も持続もあまり上げられないわけよ。まあ魔法を強くすればいいってもんじゃないけど」
「強けりゃ強い方がいいだろ」
「札が耐えきれないのよ。だから魔法札ってのは簡単に使えるけど強力な魔法は使えないわけ」
「便利なわけじゃないんだな」
「世の中そんなもんよ。魔法で空飛ぶとかできないのと一緒」
「飛んでるのと同じようなことはできるじゃねーか」
ジャンプ力を上げて空気抵抗を極限まで増やしてうんちゃらとか言ってたような気がするけど見てる分にはそんなに変わらない。
「それ自体はできなくても、それに近いことはできるってことよ。物事、そういうところから近付いていけば、いずれ本当に実現できるんじゃないかしら」
なんて言いながらヴァルが笑った。人を馬鹿にしたような笑顔でも、妖艶な笑顔でも、社交辞令の笑顔でもない。爽やかで、励ますような笑顔だった。




