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ラングラン古城が俺たちの最終的な目的地だ。ヴァルが言うには工業都市クロラ、トーヴァ遺跡を抜けて小さな町のガムラスカ、それからアラトラ国境を超えてシルキット王国へ。首都シルキットまで行けばラングラン古城は馬で半日ってとこらしい。
クローディアあからクロラまで馬車で数時間。今までの経験からするとちょっとおしゃべりしてちょっとお昼寝すればすぐ到着する。
そう、すぐ着くはずだったんだ……。
馬車の中は俺たちだけだ。誰ひとりとして眠っている者はいない。にも関わらず馬車の中は異様なほどに静かだった。俺は膝を抱えながら居た堪れない気持ちになっていた。どうしてこうなってしまったのか。
遡ること一時間ほど前、ことの発端はちょっとしたイザコザだった。
「あークソっ、あと一週間くらいイケヘブのライブに浸っていたかったのに」
ヴァルはそんなことを言いながら酒を飲んでつまみを食らっている。特に今はほとんど魔法も使えないはずなのでただの飲んだくれでしかない。
「おい、そのへんでやめとけよ」
すでに三本目である。お、四本目に手をつけたぞ。
「こうでもしなきゃやってられないでしょ」
「魔女が魔法をほとんどつかえなくなったから?」
「聖騎士団と離れ離れになったから」
「クソ女がよぉ」
心配した俺が馬鹿みたいだ。心配したといってもほんの少しだが。
「数少ない娯楽を取られた人の気持ちがわからないでしょう。そう、今の私の気持ちなんて誰もわからないのよ」
今度はおいおいと泣き始めてしまった。こいつと知り合ってちょっと経つが、まだまだこいつの扱い方はわからないままだ。
「はあ」
そこでため息が聞こえてきた。ため息の主はガーネットだ。
「どうした、ため息なんてついて」
「訊くまでもないだろ? これが最強の魔女だとは誰も思わない」
「それは俺も同感だけど」
というかそう思ってないヤツはいないと思う。
「王都をあんなふうにしたやつが襲ってくる可能性は?」
「かなり高い。ヴァルのストーカー共だからな」
「それを全部自分で処理してくれればいいんだけど、度々こういう状況になるんだったら私たちの負担も大きくなる」
一応前回も魔法を封じられた、という話はみんなにしてある。
「そりゃ仕方ない。ヴァルだって万能じゃないんだ。そもそも王都の一件だって、本当の目的がヴァルだったなんて誰も思わなかった」
「それはアンタたちの自己管理能力が低かったってだけの話だ。狙われてることは知ってたんだよな?」
「そりゃ、まあな」
「ってことは、そういうことだろ? ヴァルの魔力が回復したあと、すぐにでもソイツらを探して殺してれば問題はなかった」
「言いたいことはわかるが俺たちの目的はアイヴィーたちを殺すことじゃない」
「目的がそこになくても、目的を達成するための障害になるなら早めに排除するべきだとは考えないのか?」
ガーネットが言いたいことはよくわかる。だが今までヴァルが野放しにしてたってことは、ヴァルが追跡できなかったからという見解もできる。
「さっきも言ったけど、ヴァルがなんでもかんでも一人でできるってわけじゃない。自分を襲ったやつがどこに行ったかわかってればなんとかしてたと思うぞ。でもアイツらが今でも襲ってきてるってことは、今までヴァルに見つけられなかったってことだ」
俺がそう言うとガーネットは再びため息をついた。
「アンタはいつもヴァルの味方だな」
ちょっとだけ驚いてしまった。ガーネットがそんなことを言い出すとは思わなかったのだ。
「なんだよその顔は」
「いや、なんでもない。でも俺はヴァルの味方をしてるわけじゃないぞ。俺が正しいと思ったことをしているし、言ってるだけだ」
俺がとんでもない魔法使いだったとしても、なんでもかんでも自力で解決できると思われたら困る。解決しなかったのはお前が悪いと常に言われていたら気が滅入って仕方がないだろう。なんでもかんでも自分のせいだ、お前が解決しろだなんて無理な話だ。
「本当にそれだけか?」
「それ以外に理由がない」
「おいおい、私を差し置いてなに言い合ってんだあ?」
ここでタイミング悪くヴァルが言葉で殴り込んできた。
「お前が入るとややこしくなるから引っ込んでろ」
「いーや、引っ込んでなんてられないわね。エイジが私の味方をしてるって? バカも二日寝込んでから言いなさいよ」
長いって、休んでる期間がさ。
「でも毎回毎回アンタの前に立ってるじゃないか」
「それは物理的に私がエイジを守ってるからでしょう? そんなこと誰の目から見たって明らかよ」
「じゃあ魔法が使えなくなった今、エージが味方にならなくても仕方ないってことだよな」
「はー? 別にエイジに味方してもらわなくたって私一人でなんとかできますけどお?」」
「魔法も使えないのに?」
「使えますー。ちょっとくらいなら使えますー」
ちょっとなんだよな、マジで。どうしてそこまで強気でいられるんだよ。
「じゃあクロラに着いたらエージを借りるけど問題ないよな。アンタの近くにいなくてもいい」
「それとこれとは話が違うでしょ。なんでエイジを貸さなきゃいけないのよ」
「これはエージの問題だ。なあ、いいだろエージ」
二人がこっちを見た。正直面倒なことに巻き込まれたなとは思うが、この場合どっちにつくかは明白だ。




