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「アンタのせいよ!」


 怒鳴られて、ハッとした。


 目の前にいる少女は見たことがある制服を着ていた。青と緑のストライプのスカート、それに白いブラウスだった。俺のは青い作業着のようなものを着ていた。この「服装による違和感」だけじゃなく、俺と彼女の間は透明な壁で隔てられていた。ポツリポツリと無数の穴が空いた透明な壁だった。


 見たことがある景色だ。そう、これは前にも夢で見た。たしか妹が面会に来てた時の光景とそっくりだ。でも今目の前にいる少女は妹ではない。


 ピリっと、眉間に痛みが走る。そうだ、彼女は――。


「アンタのせいで私も学校に居づらくなったじゃない!」


 俺の彼女だった人。


 彼女は透明な壁の向こうで泣きわめいていた。顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃだった。俺のことを罵倒するその姿は酷く醜く、俺はこんな人を可愛いと、好きだと思っていたんだな、なんて呆れてしまった。


「すまなかった」

「謝って許される問題じゃない!」


 少女は透明な壁を握りこぶしで叩いた。バンっという音と共に壁がたわんだ。


「そう、だよな」


 今だからわかる。所詮高校生同士の上辺だけの付き合いだったんだな、と。いや、大人になったところで自分の立場が危うくなれば恋人を切り捨てるようなヤツは五万といるだろう。


「私が学校に通うのにどれくらい苦労してるかわかる? アンタと付き合ってたってだけであることないこと噂されるの! 友達だって私の顔色をうかがってるの! この子も暴力振るうんじゃないかって思われてるの!」


 ガン、ガン、ガンと透明な壁にこぶしの小指側で叩いていた。


 こうなるならお前と付き合うんじゃなかったよ。そう言えたらどれだけよかっただろう。どちらかが告白したわけじゃない。なんとなく仲が良くて、なんとなく遊びに行くことが多くて、なんとなく付き合うことになって、でもその時はすごく可愛いと思ってた。好きだと思ってた。きっと、それは一過性のものなんだって今なら言える。きっと、誰かを好きっていう気持ちは一時の気の迷いなんだと、俺はこの時真理に到達した気分だったに違いない。


「こんなことになるくらいなら、アンタと付き合うんじゃなかった……」


 彼女は額に手を当てて力なく項垂れた。こんな時に限って心が一致するなんて皮肉なものだ。彼女もまた俺と同じことを思っていた。


「なに笑ってんのよ……!」

「特に意味はないよ。ただ、全部終わったんだなって」

「アンタが終わるのは勝手だけど人を巻き込まないでよ!」


 こんなに口汚い子だったっけか。そんな疑問が頭をよぎる。


「これから受験だってあるのに勉強も手につかない!」


 ちょっと待てよ。うろ覚えではあるけど、この子はこんなことを言う子じゃなかったはずだ。


「私も私の両親も、アンタもアンタの家族も、アンタのせいでめちゃくちゃになったじゃない!」


 この時ようやく腑に落ちた。


「ごめんな」


 俺は確かに一人の男を殴り殺して少年刑務所に入った。


 しかし、俺は彼女と面会はしていない。


「そんな言葉で私たちが救われるわけないでしょう!」


 この言葉は、俺が出所したあとにある女性から向けたれた言葉だ。


「すいませんでした」


 深く、深く頭を下げた。


「おかあさん」


 その瞬間、面会室はガラスように弾けて割れた。そして俺は刑務所から少し距離がある場所で土下座していた。相手は彼女の両親だった。


「アナタにおかあさんだなんて呼ばれたくない!」


 彼女はハンドバッグで俺を何度も叩いた。けれど俺は抵抗することはない。これが罰であることはよくわかっているから。


「いくら反省しても意味なんてない! アナタが土下座したって時間は戻らない! あの子は二度と私たちに笑顔を向けてくれないのよ!」


 バッグの金具が後頭部に当たって頭が割れるような痛みがあった。それでも俺は顔をあげなかった。


「すいませんでした。すい、ませんでした……!」


 気がつけば涙を流していた。奥歯を強く噛み締めていた。アスファルトについた手のひらはズキズキと痛んで、けれど俺は頭を上げることはできなかった。


 俺の彼女は、自殺したのだ。


 俺が刑務所に入って一年もしないうちに風呂場で手首を切ったのだと言われた。躊躇い傷があったところから、何度も死のうとしていたことがわかったらしい。それほどまでに憔悴し、心が病んでいた。


 俺のせいで、死んだのだ。


「アナタのせいで!」


 金具が何度も後頭部に当たる。ぽたり、ぽたりと地面に雫が落ちた。赤い赤い、生きている証だった。俺はまだ生きているのに彼女が死んだ。それがやるせなくて、額をアスファルトにすりつけた。


 俺が生きていてもいいことなんてない。誰かと関わらずに独りで生きていくことはできない。それが世の中だ。でも俺は死ぬ勇気なんてなくて、額をアスファルトに擦り付けることしかできなかったんだ。

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