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 そう言いながら笑っていた。


 申し訳ないという気持ちはある。それもその申し出を期待していなかったと言えば嘘になる。コイツがいれば助かるし、呪いのせいで杞憂に感じることもない。


「じゃあ用意があるし、今日はケインと遊ぶ約束をしてるんだ。明日にでも伺わせてもらうから宿の住所を教えてもらえるかな」

「ああ、わかった」


 ロウエンとの話も終わり俺は一人で帰路についた。よかったという気持ちが半分、なんかわからんけどもやもやした気持ちが半分のまま宿に向かうこととなった。


 昨日の疲れがまだ残っているのか少しばかり眠い。宿に戻って一眠りしよう。


 そう思って部屋に入るとヴァルが机に向かって作業をしていた。後ろ姿しか見えないが座ってなにかを書いているようだった。


 ヴァルは振り返って「帰ってきたの? おかえり」と、こういうスタンスが当然のように出迎えてくれた。


「おう、ただいま」


 なんだよこのやりとり、なんか気恥ずかしいぞ。


「なにやってんだ?」


 机を覗き込むと本を開いてお札のようなものに書き写しているみたいだ。


「自分でも魔力が落ちてるのはわかってるからね。なにかあった時のために魔力を分割して貯蓄してるの」

「このお札に魔力を入れてるってことか」

「よくわかったわね、エイジのくせに」

「黙れや」

「羊皮紙に文様を描いて魔力や魔法をストックしておくの。魔力の容量は減ったし出力も落ちてるけど魔力の回復量は変わってないみたいだからできることよ」

「なるほど、意外と危機感があるんだな」

「私のことをなんだと思ってるのか」

「今はヤクタタズの金食い虫かと」

「その金を出してるのは私なんだから別にいいでしょうが」

「一理ある」

「事実は受け止めなさいよ」


 なんというか納得したくないのはなんでだろう。


「ちなみにどうやって使うんだ?」

「この札にちょっとだけ魔力を込めてやればいいだけよ。それが引き金になって札に描かれている文様が起動する仕組み」

「そんなことできるなら最初からやってくれればいいのに。そうしたら俺も擬似的に魔法が使えたじゃん」

「これはこれで面倒なのよ。まず大きな都市部じゃないと羊皮紙は流通してないし、このインクだって特殊なものなのよ。私は天才だし今まで必要なかったから、札に魔法を起こすだけでもスラスラっとはいかないわけよ、慣れてないから」

「じゃあ羊皮紙もインクも買ってきたのか」

「当たり前でしょ」


 こんな会話をしながらでもお札を描き続けるあたりがすごいところだ。人と会話をしながら慣れない作業をするなんてなかなかできるもんじゃない。認めたくはないが魔法も人間的な性能も天才なんだろうな。本人には絶対言わないけど。


 立ったまま見てるのも辛くなってきた。椅子を引き寄せてヴァルの横に座った。


「なにしてんのよ」

「いいだろ、見てるだけだ」

「気が散るんだけど」

「それくらいなんとかしろって、天才魔女なんだろ」

「天才も魔女も関係ないと思うけど」

 ため息を吐きながらまた文様を描き始める。

「なあ、それ俺にもくれない?」

「別にいいけど高いわよ? なにせ私が描いたものなんだからね」

「大丈夫、金ならある」

「アンタが持ってる金は私のものでしょうが、ちゃんと自分で稼いで払いなさいよね」

「じゃあ出世払いでいいか?」

「出世の前にバイトから始なさいよ」

「出世払いというのは成功したら返すって意味だ。つまり成功しなかったら返さなくてもいいわけだな」

「じゃあ出世払いはなしね」

「じゃあヴァルの金を積むしかねーな」

「結局自分でなんとかする気ないんじゃない」

「まあそのうちなんとかするって。今はとりあえずお前の金でなんとかするしかないからな」


 ヴァルはため息を吐き、そして笑った。


「わかったわよ、期待しないでおくわ」

「じゃあお札作ってくれるのか」

「はいはい、作ってあげるからテキトーに寝て待ってなさいよ。それか外に出てってもいいわよ」

「外でやることも特にないからいいや」


 元々俺はインドアだしお家大好き人間だからできれば家の中にいたいのだ。好きな時に食べて好きな時に眠れるのは素晴らしいことだ。そもそも人混みも好きじゃない。人混みというか人の視線というか。


 また、ちょっとだけ頭痛がした。


「また頭痛?」


 ヴァルは机に肘をついていた。たぶん頭痛の痛みが顔に出ていたんだと思う。


「ちょっとだけだ」

「だとしても頭が痛いなら横になってなさいって。どうせやることもないんでしょ?」

「人を穀潰しみたいに言うなよ」

「実際穀潰しなのよ」

「否定はしない」

「まず否定できるように努力なさい」

「善処しよう」

「もう、あー言えばこう言うんだから……」


 ヴァルは嫌そうな顔をしていたが俺はこういうやり取りは嫌いじゃなかった。


 椅子を戻してベッドに向かった。横になって毛布をかけて目を閉じると、カリカリというお札を描く音だけが聞こえていた。


 お札を描く音が少しずつ小さくなっていく。自分でもわかるくらいすんなりと暗闇に落ちていく。理由はわからないがなぜか安心しているんだ。安心。そう、俺は安心していた。

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