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「いるんだろ、出てこいよ」
虚空に向けて話しかけた。こういう場合、本当は誰もいなかった場合がクソ恥ずかしいことになる。が、おそらくヤツはこの近くにいるはずだ。
「勇気があるな」
返事が帰ってきた。
顔を向けると一本の木が立っている。なぜだが違和感がある。距離は目測十メートルってところだろうか、それなりに大きな木だ。その木陰から一人の男が出てきた。背は高くガタイがいい、厚手のローブを羽織った男だ。
「ようやくちゃんと話ができるな」
「まあ、別に話したいわけじゃないけどな」
「よく言う。あんだけ挑発してここで待ってたくせに」
「よかったよ、お前には伝わってたみたいだな」
男がフードを取るとやはりあの男だった。前にヴァルを撃ち抜き、彼女から魔力を奪ったあの男だ。強面で年は俺より二十は上なんじゃないかってくらい老けてる。鼻の下から顎の下を覆う濃いヒゲのせいもあるかもしれない。
「アンタ、アデロア族なんだってな」
俺がそう言うと男は鼻で笑った。
「よく調べたな」
「ちょっと調べればわかることだ。アデロア族の秘酒なんだってな。基本的には酒だが、魔力を持つものには毒となる」
「あの毒はアデロア族秘伝の毒だからな。魔力が高ければ高いほど効果が大きく現れる。魔女になんか使ったら、まあとんでもないことになるよな」
男は楽しそうに笑う。いちいち癇に障るやつだ。
「アンタはなにが目的なんだ? なんでここまでしてヴァルを狙うんだ? アイツがなにしたっていうんだよ」
「別になにかをしたわけじゃないさ。純粋に存在そのものが邪魔なんだ。ただそれだけの話」
「存在が邪魔ってどういうことだよ」
「どうもこうもない。あれだけ長く生きて、膨大な知識を持ち、とんでもなく強大な魔法を使う。そんな存在が邪魔だって思うのは、きっと俺だけじゃないんだよ」
言いたいことがわからないわけじゃない。ようするに「魔王を倒した勇者がいたとして、次に邪魔になるのはその勇者」ということだ。特に害はなく、本人に害する意思がなくとも存在しているだけで脅威となりうる。この世界において世界最強の魔女とはそういう存在なんだろう。
しかし、やはりコイツの話には矛盾点が多い。
「邪魔だったら排除すればいいだけだろ」
そうだ、チャンスはいくらでもあった。コイツらは俺たちのことを監視していたに違いない。であれば戦闘中にでも狙撃してしまえばいい。コイツの狙撃はヴァルが気付くことができないみたいだし、一発と言わずに何発も打ち込めばさすがのヴァルの瀕死になっておかしくない。
「殺せってことか?」
「そうは言ってない。でも強硬手段には出られるだろうってこった」
「ははっ、わかってないね。やっぱり人生経験が浅いガキはそういう簡単な方に話を傾けたがる」
「でもそういうことだろうが。簡単な話を簡単にできないことが大人なのか? 話を複雑にして自分の意見に執着することが大人なんだな。すごいすごい、偉いよアンタは。その頭の硬さは尊敬に値する。話をしながら頭突きでもしてわからせりゃなにもかも解決するかもしれないな」
パチパチパチと手を叩くと、男の額に青筋が浮かんだように見えた。
「あの魔女が不老不死だってことは知ってるだろうがよ」
「だったら魔力が低下したところで捕まえればいいだけだろ」
「じゃあ俺たちがそうしない理由を考えることだな」
男は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
封印とか凍結とか、そういう方法で拘束することはできるはずだ。だがそれをしないということは、この「魔力を下げる」という行為そのものに意味があるということだろうか。
「でもアンタらがやってることは無駄だ。ヴァルを殺すことができないんだから、やきもきして魔力を下げたところで意味がない。前回もそうだったけどそのうち自然に魔力も元に戻る」
「じゃあもしも不老不死を解除する方法があったとしたらどうする?」
「不老不死を、解除する……?」
「そこまでよ」
女性の声がした。
かと思えば、男の傍の木が一瞬にして女の姿に変わった。アイヴィーだ。なるほど、あの木に対して感じた違和感はこれか。
二人は顔を見合わせた。
「さすがに喋りすぎだわ」
「まあこれくらいのヒントはいいだろ」
「どうせヒントにすらならないだろうけど、万が一ということもありえるからね」
「わかった。今日の挨拶はこれくらいにしておくか」
男が改めて俺の方を見た。
「俺の名前はケネス。アデロア族の族長の元息子ケネス=タルコットだ。次に合った時は、もしかしたら殺し合いになるかもな」
男、ケネスは大声で笑った。
「ヴァレリアによろしく言っておいて。いつまでもふんぞり返っていたら、いつかは寝首をかかれるぞってね」
アイヴィーもまた楽しそうだった。
コイツらはどうしてここまで楽しそうに笑うのだろう。なにが目的なんだ。
けれど誰も答えはくれなくて、二人は闇の中に溶けて消えていった。
「不老不死を消す方法、か」
もしもそんな方法があるとしたら俺が阻止してやる。そうじゃないと、きっとアイツが悲しむと思うから。
ため息をついて宿の方に足を向けた。この話をみんなにするかどうか悩みながら、俺はゆっくりと足を踏み出した。




