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 宿屋のベッドにはヴァルが横になっていた。顔は赤く、呼吸はひどく苦しそうだった。


「キャロルとノアはケインを連れてロウエンのところに行ってくれるか。弟の無事を伝えてやらなきゃならんからな」

「わかった。それじゃあ行こうか」


 ノアがケインに手を伸ばした。右手でノアの手を取り、反対の手でキャロルの手を握っていた。この歳で両手に花って言葉を理解してるんなら、将来は相当な女たらしになるかもしれんな。顔もいいし。


 部屋には俺、ガーネット、ヴァルが残された。サイドテーブルには水が入った桶とタオルがある。キャロルがちゃんと看病していてくれた証拠だ。


 額に手を当てて見る。そこそこ熱が高い。


 一度布団を剥いで服を脱がせた。


「おいエロガキ」


 ガーネットが言った。が、特に止めるような素振りがないところからも、一応止めましたよというスタンスを保ちたいだけだろう。なにか言われたら「私は止めたぞ」って言うためだな。


「傷を確認したいだけだ。俺がヴァルの体に興味を示すと思うか?」


 なんて言いながら傷口を確認していく。右側の腹部にガーゼが貼られ血が滲み出していた。


「ヴァルの体に欲情しなくて誰の体に欲情するんだ? キャロルに反応してる様子もないが」

「バカ言え。俺は生粋のぺったんこ信者じゃ」


 とは言ってみるが、どうしてか最近は少しばかり趣味趣向が変わってきているようにも感じる。なぜか脂肪の塊も悪くないなんてそんな馬鹿な。


「クソ、俺はなにを考えてるんだ」


 首を横に振って思考を入れ替える。今はヴァルの怪我の方に集中しよう。


「なあ、それ医者行かなくてもいいのか? 結構ヤバそうに見えるけど」

「王都がこの状況で医者が診てくれると思うか?」

「そう言われればそうか」


 今や王都はめちゃくちゃで、きっと王都にいる医者のすべてが忙しく走り回っていることだろう。老人や子供を中心にして診察している可能性を考えると、今ヴァルを無理矢理連れていっても意味はない。それに前回も一晩経ったら傷口はふさがっていた。おそらく今回も同じだと思われる。いや、そうであって欲しいと思っているんだ。


 ふと、あの男のことを思い出した。アデロア族と思われる、ヴァルに弾丸を打ち込んだ男だ。


〈おれのかちだ〉


 思い出すだけで腹立たしい。見つけたら必ず一発ぶん殴ってやる。


 そんな憤りの中で、一つだけ腑に落ちないことがある。アイツが使っていたのはガーネットの物よりも大きな狙撃銃だった。つまりあんな道のど真ん中で銃をぶっ放す必要性はどこにもないのだ。どこかの高台からでもいいし民家の二階でもいい。テキトーに認識阻害の魔法でも使えば俺たちに気づかれることなくヴァルを傷つけられる。


 しかし、ヤツはそうしなかった。ヴァルは不老不死だから殺すことはできないはずだ。だが拘束することは間違いなくできるはずなのだ。ヴァルに気づかれることなく狙撃できるな、弱ったヴァルをさらうことも難しくはないのではないか。


 それをしない理由がどこかにある。


 俺は眉間を何度か叩いてから顔を上げた。振り返ると目が合った。


「なあ、タオルをもう一枚と水を汲んできてくれないか」

「なんで私が」


 まあ意見としては正しいな。


 だが無視する。


「それからヴァルの体を拭いてやってくれ。砂埃で体が汚れてるみたいだ」


 ガーネットは不服そうに俺の顔をじっと見つめ、ため息をついたあとで「わかったよ」と承諾してくれた。俺の意思を汲み取ってくれたのか、ただ単に諦めただけなのかはわからない。


 彼女が階段を下っていったのを確認し、俺は窓から外に出た。


 王都はまだ騒がしく、ナース姿の女性たちが慌ただしく走り回っていた。消防隊らしき連中もまたかなり忙しそうだった。白と赤のローブを纏って水を放射している姿は、俺が元いた世界からすればかなり異様な光景だった。


 俺はヴァルが撃たれた場所へと戻り、それから撃たれた方角へと向かって走り出した。つまり、あの男がいた方向だ。


 崩れた建物は数しれず、いまだに燃え続ける家屋も見られる。子供の鳴き声もたくさん聞こえてきた。王都が完全に復興するまでにはしばらくかかるだろう。ただし王族もいるし騎士団もあるから俺が心配することはない。王都なんだからさまざまな業種が存在してるはずだしな。


 そんなことを考えながら町の中をひたすら走り続けた。不思議なことに、この道は直進し続けるだけで王都から出られる道みたいだ。家にぶつかることもなければ右左折を強いられることもなかった。


 そうやって王都から出て、俺は走るのをやめた。なんだか少しだけ嫌な予感がしたからだ。


 周囲を見回してみた。特になにもないが、どこかから視線を感じていた。僅かに魔力も感じる。

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