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そんなとき、道の端で何かが動いた。
「パパ?」
近くの路地から幼い子供が出てきたのだ。背は俺の腰くらいまでしかない。この騒ぎで親とはぐれてしまったんだろう。近くには野盗がいて、その野盗が子供を狙わない理由がない。剣を振り上げて狙いを定めた。
「ありがち!」
とか言ってる場合じゃない。この状況で出てこられたらいくら俺でも対応しきれない。俺もロウエンも野盗と戦ったことで疲労している。今から紋章の力を使ってもギリギリ間に合うか間に合わないかといったところだ。ヴァルが本調子であれば、ヴァルの紋章を使って壁を張ることもできたかもしれない。
これ以上はなにも考えられなかった。とにかく子供をなんとかしなければと子供に手を伸ばした。
間に合わない。そう思った時、一陣の風が吹き抜けていった。その風の正体はロウエンだった。
ロウエンは間に割って入り、子供を抱きかかえて野盗の攻撃を防いだ。飛び散る血しぶきと痛みを堪えるくぐもった悲鳴。
「ロウエン!」
その後から銃声が聞こえる。その銃弾は吸い込まれるようにロウエンの体へと向かっていった。数え切れない銃弾を浴びながらも、ロウエンは子供を離そうとはしなかった。
「団長!」
見計らったかのように団員が現れ、周囲の野盗を駆逐していく。どうしてこう、間が悪いのだろう。もっと早くきてくれればいいのに。
またたく間に野盗を倒した団員たちがロウエンへと駆け寄っていく。俺もその中に紛れて近づくが、ロウエンは誰が見ても虫の息で、ここから助かるには魔女クラスの魔法がなければ無理だろう。それくらいに血まみれで、傷だらけだった。
「団長! 団長!」
騎士団の連中が泣いている。それだけロウエンが慕われてたってことなんだろう。
「大変なことになってるみたいね」
そこに現れたのはガーネットとノアだった。
「ヴァルは大丈夫なのか?」
「キャロルが診てくれてる。町が大変なことになってたから私もなにかしないと思って」
まああの様子だと俺たちにできることなんてほとんどない。ヴァルの生命力に頼るというなんともいえない策をとるしかない。
「野盗の方は?」
「スコープで覗いた感じだと町の中にいるのはなんとかなったかな。あとの問題はあれくらいじゃない?」
ガーネットが顎で差した先には、血溜まりの中で寝そべっているロウエンがいる。ここにケインがいないことが幸いだ。
「問題もなにもどうやったって助からんだろ」
今息をしてるのも不思議なくらいだ。
「いやいや、助ける方法あるだろ?」
ガーネットがニヤニヤしている。なんでこんな顔で俺を見ているのか、その理由がわからないほど馬鹿ではない。俺もノアもだ。
「マジで言ってんのか?」
「アンタはこのまま無視できるのか? 年端もいかない弟がいるような頼れる騎士団長が瀕死なんだぞ? 放っておいていいのか?」
「お前さあ、それって俺にあれしろって言ってるんだよな?」
「それしかないだろ。さあ、やるのかやらないのか」
ロウエンの周りには泣きじゃくる団員がたくさん。横にやニヤニヤしてるガーネットと、なんともいえない顔で赤面しているノア。この中で「あれ」をやれっていうのはかなり勇気がいる。
頭を抱えてしゃがみ込む。やりたくない。やりたくないが見殺しにするのもイヤだ。なによりもここでコイツを助けたら、俺は一生誰かを助け続けなきゃいけないことになるんじゃなかろうか。
「悩む理由はわかる。でも助けられるのに助けなかった命と、助けたかったけど助けられない命は意味合いが違うと思うんだ、私は」
ガーネットは俺の肩を叩きながらそう言った。
その時、頭痛がした。同時に妹の泣き顔が思い出される。
「助けられる命、ねえ」
頭痛は一瞬で止まったが、胸の中にはしこりが残った。
命の価値は、平等ではない。その生命が現世においてなにを成し、誰に好かれ、その死によってどんな事象が起きるか。どうやっても命の価値が平等になりうることはない。
確かに価値は平等にはなりえない。が、その命が存在していたことは間違いなく、それによって悲しむ者が一人でもいる「可能性」があることは間違いない。
妹は俺みたいなクズに対しても涙を見せてくれていた。価値がないに等しい俺に対してもだ。でれば、ロウエンという男の価値はいかほどだろう。
「あー、もうどうにでもなれ!」
ごちゃごちゃ考えるのはやめだ。
団員をかき分けて、ロウエンの横に座り込んだ。何度か深呼吸してから声を上げる。
「ガーネット! 閃光!」
「はいよ」
ガーネットがフラッシュを焚く前にロウエンの顔に自分の顔を近づけていった。そして眼前が白くなる。周囲では団員たちの悲鳴が聞こえてきた。その中でロウエンの唇にキスをした。
「わー、マジでやった」
「こ、ここここんなこと……」
ガーネットとノアの声が鮮明に聞こえてきた。わかってるよ。ガーネットがなんの対策もなしに閃光弾ないし魔法を使うとは思えないからな。
光が収まった。ロウエンを見ればちゃんと傷はふさがっているようだ。
「う、うん……?」
なんて言いながら起き上がってくるロウエン。
「団長!」
もうコイツらの語彙力を疑いたくなるような喜び方だ。他に言うことないのかよ。
とにかく俺の仕事は終わった。嫌な過去はなるはやで忘れてしまいたい。まあ光のせいでロウエンの顔をガン見しなかっただけ楽だった。
「行くぞお前ら」
「このまま置いていって大丈夫なのか? 契約したんだろ?」
「大丈夫だろ。別に契約したからって一緒にいなきゃいけないわけじゃないし」
「なんか本末転倒な気はするが、アンタがそれで言いっていうならそれでいいか」
なんて会話をしながら俺たちは宿屋に戻ることにした。




