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彼女の体を抱きとめながら、光が飛んできた先へと顔を向けた。目測50メートルほどのところに忘れられない男がいた。
「てめえ……!」
聞こえてはいない。王都は今大混乱だ。俺とアイツの間を幾人もの人が駆けていく。爆発音や悲鳴があちらこちらから聞こえてくる。それでもあの男、アデロア族の男は微笑んでいた。そして口が動く。
〈お・れ・の・か・ち・だ〉
「ふっ……」
一瞬で頭が沸騰した。
「ふざけんじゃねーぞ!」
男の体にアイヴィーがまとわりついた。そして背を向けて歩き去った。
拳が震える。追いかけていって一発ぶん殴ってやりたい。それでも俺は追いかけられない理由がある。
「ダメ、よ」
ヴァルが俺の手を握っていたからだ。弱々しい手が、俺の震える拳をそっと包んでいたから。
「なんでだよ。やられっぱなしじゃねーか」
「アイツらの狙いは、私、だから」
「だから好きなようにやらせとけって?」
「今は、ここが大事」
前回と一緒だ。すぐにでも意識がなくなってしまいそうで、体はすでに弛緩している。胸は規則的に上下に動いているのでちゃんと呼吸はできているみたいだ。
「ノア」
「うん、いるよ」
ノアがしゃがみこんだ。
「ヴァルを任せていいか?」
「任せて、どうするの? アイヴィーたちを追うの?」
「いや。この爆発を引き起こした犯人を見つける。見つけられなくても、そのまま人命救助を優先する」
ノアは優しく微笑んで「そう、行っていいよ」と手を差し出した。その手にヴァルの体を預けて立ち上がる。爆発音はまだ鳴っているということは犯人はこの王都にとどまっている可能性が高い。
「気をつけてね」
「大丈夫だ、痛いのは嫌いだからな」
「口が減らないなあ」
なんてやり取りをしたあとで二人の元を離れた。
ノアの紋章を使って身体強化。身体能力だけでなく五感も強化されるのは非常にありがたい。
一度家の屋根に登り、爆発音を頼りにして移動を開始する。どうやら爆発は城に向かっているようだ。が、こんな大掛かりなことをして城に侵入できるとは思えない。もしも城に用事があるとすれば、城とは関係ない場所を爆破して意識を逸らしたいと考えるはずだが――。
「となると目的は城じゃないのか?」
城以外で王都に重要な場所があるのだろうか。もしくはこの王都で重要ななにか。
王都の中央の西側にある時計塔のてっぺんに登った。そのまま王都を見渡してみると、なにやら人の流れがおかしな部分があった。
東側の大きな建物、その周りで戦っている連中がいるあの鎧は聖騎士団か。そういやライブが終わった後で東側の通路に入っていったのを覚えている。つまりあれは聖騎士団の宿舎とか軍部施設とかそんな感じなんだろう。
「目的はあれか」
聖騎士団と戦っているのは正規の軍隊ではない。野盗の寄せ集めのような見た目だ。服装はボロボロだし指揮系統もクソもない。なのだが、どうしてか聖騎士団の方が押されているように見えるのだ。ヴァルの口ぶりからするとめちゃくちゃ強いはずなんだが、あんなやつらに押されているようでは大したことないな。
んなわけがない。あの野盗の寄せ集めがめちゃくちゃ強いのだ。一瞬で近づいて、一撃で吹き飛ばす。さすがに今着ているのは普通の鎧だろう。あんな強固な鎧を着ている人間を一撃で吹き飛ばすことなんて、普通の人間にできることじゃない。
「とにかく行くしかねーな」
あのままじゃ聖騎士団まで崩壊する。この感じだとそれが狙いっぽいが、一体誰がこんなことしようとしたのかはさすがにわからない。
屋根伝いに聖騎士の元へと向かった。たぶん二分とか三分くらいなものだが、その間に聖騎士団は壊滅寸前だった。が、死人はまだ出ていないらしい。
だがそろそろ死人が出そうな感じだ。今まさに動けなくなっている騎士に斧が振り下ろされるところだった。
「いい加減にしろ」
近付き、思い切り蹴飛ばした。そいつは近くの家屋に突っ込んでいた。まあ突っ込ませたのは俺だが。
「あ、ありがとう……?」
騎士様から礼を言われてしまった。ロウエンほどではないがいい顔してるな。コイツもイケヘブのメンバーっぽいな。
「なんで疑問形なんだよ、まあいいけど。で、アンタらを襲った奴らはなにもんだ? わかってることだけでいいから話してくれ」
「正直我々もよくわからないんだ。急に王都の中で爆発が起きて、対応のために外に出たらアイツらが襲ってきた」
「汚い身なりの割には強かったな」
「普通じゃないよ、アレは」
「なにが普通じゃない? かなり力が強いのはわかったが」
「力だけじゃない。なんというか、目に光がないというか、瞳がどこを見てるのかわからない感じだった。話しかけても返事はないし、生きた人間を相手にしてるとは思えないんだ」
「なにかしらの魔法にかかってるのかもしれないな。」
とは言ってもその判断ができであろうヴァルが機能停止状態だ。ならば解明とか分析とかは後にするしかない。今はとにかくこの状況をいい方向へと導く以外に俺がやれることなんてありはしない。




