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それがまたムカつくんだなこれが。微笑んでれば許されるとか思ってるのが本当に頭にくる。
「とりあえず弟がいるか確認したらどうだ」
「そうだね。ちょっと見てくるよ」
ロウエンは微笑みながらドアを開ける。ドアがキィっと鳴いたが、古臭さと情緒の両方を含んでいるような奇妙な感覚があった。
「まさかロウエンがこんなところに住んでるだなんてね」
視線を向ければヴァルが少しだけ悲しそうな顔をしていた。
「なんだ、同情でもしてるのか? 本当なら豪邸にでも住めるくらいは稼いでるのにって」
「んなわけないでしょ。でも不便は不便なんじゃないかと思って」
「イケヘブを誰がプロデュースしてるかは知らんけど、ロウエンが嫌だったら辞めてるんじゃないか?」
この世界にも事務所とかあるのかな。とは思うが特に興味もないから聞かなくていいか。
「確かにそうね。でももしかしたら辞められない理由があるのかも」
「弟、とか?」
「ありえるわ」
瞳を輝かせてそう言った。コイツの頭の中では軍部とロウエンの間でぐっちゃぐちゃな黒いやり取りが行われている、という体で話が進んでそうだ。
「だとしても余計なことはすんなよ。ロウエンは好んでこの生活を続けてるかもしれないだろ」
「余計なことなんてしないわよ」
「妙な正義感発揮してなにかするかもしれないとか思ってたわ」
「そんなことしてロウエンの自宅がバレたらどうするの? 私が会いに来られないじゃない」
「おめーの推しは最年少のビリーだろうがよ」
「ロウエンも好き」
「黙れよ」
そんな会話をしているとロウエンが家から出てきた。顔は青ざめていて下唇を噛み締めている。良くない展開だろうなというのはわかった。
「なにかあったのか?」
「弟が攫われた」
「なるほど」
予想外というのが正解なんだろうけど、これだけ露骨な表情で出て来られるとなんとなく予想もつく。
「家の中にこの紙が」
差し出された紙は脅迫状のようだった。
〈ロウエン=ソロウ様へ
ケインは預かった。
返して欲しければ3万ゴールドを持って南の森の洞窟に来い。
12時間経っても現れなかった場合はケインの命はない。
しっかりと考えて行動するんだな。〉
という内容だった。
この世界の金銭は円というよりドルに近い。正確にはゴールドっていう単位はドルの十倍の価値がある。シルバーがドルそのものって感じだ。3万ゴールドってことはだいたい3000万か。
「なんつーか、中途半端だな」
「中途半端ってどういうことよ。普通の家ならかなり大金よ? 家が建たる」
「言っちまえばその程度の金額ってことだ。誘拐なんてことしといてその金額は少なくないか? やるなら商人の娘でも攫ってもっと多く請求した方がいい」
「リスクとリターンの両方を増やせって?」
「そうだ。だってこの場合ロウエンが払えない可能性だってあるわけだろ」
「ロウエンなら払えるわよね?」
急に話を振られたせいか、ロウエンは「あ、ああ」と焦りながら返してきた。
「3万ゴールドは余裕で払えるのか?」
「余裕ってほどじゃないけど払えるよ。払った上でまだ貯金が残る」
「つーことはだ、犯人はロウエンのことを知っていたことになるな」
一般家庭でポンッと出すには多すぎる。しかし企業相手になるとやや少ない。ロウエンがどれだけ稼いでいるかは知らないが、もしもロウエンの稼ぎを知っていたとすればこの3万ゴールドという数字は現実味を帯びてくる。
「それに弟ではなくケインと名指ししてる。つまるところロウエンについての家庭環境から貯金まで把握してたってことだ」
「なに、アンタ今日どうしたの?」
「名探偵エイジと呼んでくれ。なんだか頭が冴えてるんだ」
「うるさいわね。他になにか気づいたことはある?」
「バッサリ切り捨てておいてその言い草っておかしくないか」
「いいから」
不服ではあるがまあいいだろう。
「名探偵的にはケインとキャロルが一緒にいたとすると二人は同時に攫われたってことになるな」
「それはたぶん言われなくても全員わかってる」
「あとはそうだな、犯人はそこまで遠くに行ってないと思う」
「ライブが終わってからだからそうでしょうね」
「もう! いちいち口出して来るなよ! せっかくいい気分なのに!」
「くだらないことばっかり言ってるからでしょ。早いところ犯人を見つけなきゃならないんだから」
「犯人見つけるのは無理だろ。こうなったら取り引きに応じるしかない」
「でしょうね。ロウエンには3万ゴールド用意してもらって、早めに森に行ってもらいましょう。それでいいわよね?」
ヴァルがロウエンを見た。ロウエンは険しい表情で一つ頷いていた。
「よし。それじゃあお金を用意してから全員で森に向かうわよ」
ヴァルの仕切りのもとに俺たちは動き出した。ケインを助けるためであり、キャロルを助けるためでもあった。ロウエンと俺たちで利害が一致したということだ。




