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 ヴァルは森の方へと振り返った。そして指を鳴らす。


「今なにしたんだ?」

「結界を張った。私の魔力で張ったものだから、一定以上のモンスターは恐怖で森には入れないわ」

「素直じゃねーな、お前」

「さあなんの話かしら。私にはわかんなーい」


 なんて言いながら、先頭に立って森とは反対の方向へと歩き始めた。


「あの魔女。噂に違わぬ高慢な女ね」


 ノアは笑っていた。


「五百年も生きてれば噂にもなるわな」

「高慢でワガママで面倒な女だけど、人間よりも人間らしい感性を持ってる」

「普通は感性だけじゃなにもできないけどな。アイツは力があるから、思ったままに行動できちまうってわけだ」

「それが悪い方向に向かわなきゃいいけどね」

「大丈夫だ。そのときは俺が命令して言うこと利かせるから」

「それだとお前の意思が正しいかどうかのイタチごっこよ」

「んなことはわかってるさ」

「おいお前ら! 私がいないところでいちゃついてんじゃねーぞ!」


 二十メートルくらい先で、ヴァルが両拳を上げて怒りを表現していた。五百年生きているとは思えない、わかりやすい怒り方だった。


 俺とノアはゆっくりと歩き、ヴァルと合流した


「走れや」

「ほら、疲れるからさ」


 なんて言いながら歩き出した。


「なにが疲れる、よ。だからショートカットしてあげたじゃないの」

「迷いの森のことならありがたいとは思うが」

「違うわよ。商人なんかは迷いの森を通らないの。この先にあるキレットの町まで、普通に馬車で行くと五日はかかるのよ。迷いの森を通るから数時間で済む。そしてそれを成し遂げた私は褒められて当然というわけよ」

「マジかよ」

「すごいでしょ? ほらほら、褒めてもいいのよ?」

「冒険、したかったな……」

「さっき疲れたって!」

「せっかく異世界に来たのに冒険できないなんて……迷いの森なんていうダンジョンだって一時間くらいで終わっちゃったし……」

「ブレないで! ブレないでよ! 対処するの本当に難しいから! それに冒険って言ってもアンタ戦えないでしょう!」

「キスで奴隷にできるみたいな能力しかくれなかったのお前じゃん……」

「私の予定だとその能力すらなかったわけだけどね」

「本当だったら俺はなんで召喚されたらわからない存在だったわけだ」

「もちろん私が虐げるためだけの奴隷よ」

「なんていうかちょいちょい性格悪いよね。そりゃ彼氏も逃げるわ」

「私が振ったんですー」

「魔女だってバレて振られたって自分で言ってたろ。盛るなよ」

「くそー! この! くそー!」

「いきなり語彙力蒸発すんのやめなって。」


 大きくため息をつきながら、仕方なくヴァルを褒めることにした。


「冗談だ。ありがとうな、感謝してるよ」

「はいダメー」と、腕を交差させるヴァル。

「言われる前に褒めろって言ったでしょうが。男としては下の下ね」

「うっぜぇ……」

「これくらいできなきゃ彼女なんてできないわよ? いつまでクソロリコンクソ童貞野郎でいるつもりなの?」

「二回もクソ入れなくてもいいね。まあ、その、なんだ。恋愛とか今まで興味なかったからよくわからん」

「ハッハー! やっぱり童貞だったか! いやー、最初からくせーと思ってたのよねー!」

「一番キャラブレてるのお前だからね? 扱いホント難しいからね?」

「でも彼女、欲しいでしょ?」

「そのときがきたらなんとかなるって」


 そう言いながらノアを抱きしめた。


「悪いんだけどさ、私は男が好きになったわけでも、人と接触するのが平気になったわけでもないから。できればこういうのはやめて欲しい」

「でも昨日は大丈夫だっただろ?」

「お前が感傷に浸っていたからだ。特に意味なく抱きつかれても困る。言っておくけど私は奴隷だった。たくさんの男に虐げられてきたの。男を好きになることはないわ。処女だけど」

「処女なの?!」

「私の元主人たちは変態野郎だと言ったはずだけど? 着せ替え人形にされたり暴力を振るわれたり、全身舐め回されたことなんかはあったけど処女よ。貞操の危機は何度かあったけどなんとか難を逃れたわ」

「どうやって逃れるの? 奴隷の魔法って簡単に解けないだろ?」

「なぜかそういうときに主人が急死するんだ。そうすると魔法は解ける。まあ新しい奴隷商人につかまって同じことの繰り返しだったけどね」


 そんな話を表情一つ変えずに話していた。単に強いのか、感情を殺しているのかまではさすがにわからなかった。


「でもちょっと待ちなさいよ。彼女の話になってノアに抱きつくのはおかしくない? だってその子、身長160センチ以上あるわよ? アンタのストライクゾーンは140センチくらいじゃない?」

「さすがに言い過ぎだ。145センチくらいだ」

「変わってないね?」

「まあ冗談だ。スキンシップを求めてただけだから」

「でも私は対象じゃないと」

「ははっ」

「おいこら」


 たぶんだが、俺とコイツの関係はこのままだろう。そんな昼下がりだった。

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