10
ホテルに戻ると、彼はワインを開けた。
ここへ来る途中で買ってきたワインだ。
グラスは部屋に備え付けられていたので、俺は2つのグラスをテーブルに置いた。
「お前の頭痛の種、一つは減ったな」
「おかげさまで。しかし『本命』はまだですが」
「『本命』ね」
注がれたワイングラスを持つと、彼はグラスを合わせた。
「それでは、良き秘書の苦労を労って」
「…それはどうも」
ワインを一口飲むも、正直味なんて分からない。
…この男の近くにいると、全ての感覚が鈍くなる。
「相変わらず、オレを殺したくてたまらないのか?」
目の前のソファに腰掛けた男を、俺は力の限り睨み付ける。
「当然でしょう? その為に、俺はあなたを守り、側にいるんですから」
他の誰にも手出しが出来ぬよう、傷付けられぬように、俺は彼の側にいる。
―俺が彼を殺す為に―
彼は10年前から、力ずくでの人事異動を行っていた。
23という若さで会社を立ち上げた彼は、いわゆるワンマン社長。
そして犠牲者となったのは、俺の家族もだった。
当時営業をしていた父だが、取り引き先に騙され、会社に損失を与えてしまった。
その失敗はクビというだけには収まらず、損失は借金となった。
両親はそれを苦に、一家心中を提案した。
だが…俺は生き残ってしまった。
姉も弟も、両親と逝ってしまったのに、俺だけが生き延びてしまった。
そんな俺がすることはただ一つ、『復讐』だけだ。
彼は事件後、俺を引き取った。
自分に弓引く者だと知っていて、それでも養い、今では秘書として側に置いている。
その真意は分からないが、俺は今の立場を十分に利用させてもらおう。
いずれ、その息の根を止める為に。
「楽しみだな。お前がオレをどう殺すのか」
「あなたが思い付かないような殺し方をしてあげますよ。ここまで養ってもらった恩もありますしね」
「なるほど。それじゃあお前に殺される日までは、仲良くしようじゃないか」
「ええ。あなたのことは、俺が自分の全てを以て守ってさしあげますよ。他の人に傷付けられでもしたら、たまったものじゃないですからね」
彼は俺だけの獲物だ。
「それじゃあ、2人の関係を祝して」
「乾杯」
【終わり】