吾輩は間者である
吾輩はセシリアに頼まれたので、大嫌いな車に乗せられ札幌の真駒内駐屯地へ到着した。
セシリア達が挨拶やら何やらしている隙を伺い、車から降りて物陰へと突風のように駆け抜ける。
物陰から辺りを見回すと、大きな建物の床下に猫一匹がやっと通れる隙間を発見した。
距離は30m以上あろうか・・・
最近運動不足で体が鈍っていたが、両腿に気合いという鞭をいれ、勢いよく地面を蹴り韋駄天のごとく走り床下の隙間に潜り込んだ。
全身の筋肉がぶちのめされたように疲れ、ヘナヘナと暗闇の中に腰を落とし口を開け、はあはあと荒い息を吐き出し息を整えている時、暗闇から2つの眼光が近寄って来たのである。
臭いで直ぐに同族である事は解ったが、厄介な事には違いない。
その同族は、毛を逆立てて体を出来るだけ大きく見せ威嚇してくる。自分の縄張りから出て行け! と壊れたスピーカーのように繰り返していた。
争うつもりなど無い吾輩は、同族が落ち着くのをじっと待っていた。
観察すると、吾輩と同じ黒白柄の猫である。吾輩のように眉間を頂上とした美しい富士山型の模様ではなく、顎だけが白い柄であるが、基本的に背が黒で腹が白い同じタイプである事で親近感を覚え吾輩の表情も緩んだ。
そうすると、同族も気が緩んだのか逆立った毛は収まり、威嚇するのを止めたのである。
「やっと落ち着いたようだな」
「ここは、あたいの縄張りだよ。さっさと出て行きな」
「まぁまぁ・・・そう事を急ぐんじゃない。吾輩は縄張りを荒しにきたのではないぞ」
「あたいはタマ、縄張りに何のようなんだ?」
「吾輩はベル、飼い主に頼まれてのう~間者として派遣されたって所じゃ」
「何を調べたいのだ?」
「これからここで起こる事を報告して欲しいと頼まれておる」
「ベルここで何が起こるのじゃ?」
「詳しい事は吾輩も知らぬ、ただ飼い主がここへ話し合いに来ておる」
「それが終わったら、あたいの縄張りから出て行くのか?」
「ああ、それは約束しよう」
「それならいいじゃろ、それよりおぬし飼い猫なのだな?」
「ああ、人里離れた山奥で飼われておった」
「それじゃ、ベルは童貞か?」
「・・・お恥ずかしい話しだが、その通りである」
「じゃやってみるか?」とタマは尾を片側にそらし誘ってきた。
吾輩は誰に教えて貰った訳でもなく本能のままに行動し、同族に飛び付き首の辺りを噛みマウンティングした。
吾輩は今交尾している。吾輩はタマの中に入っている。でもこれは本当に何でもないことなんだよ。どちらでもいいことなんだ。だってこれは体のまじわりにすぎないんだ。
吾輩達はお互いの不完全な体を触れあわせることでしか語ることのできないことを語りあっているだけなんだ。こうすることで吾輩達はそれぞれの不完全さをわかちあっているんだよ。
と詩人のように抽象的で耳障りの良い言葉を並べて、恥ずかしさと嬉しさを誤魔化している。
一方タマはと言うとベテランらしく
ベルの中にある一生ぶんの性欲を、いつもどおり手際よく引き出し、てきぱきと処理していった。そしてタマ自身もそこから十分な満足を味わった。
帳簿の数字の複雑な操作に深い喜びを見いだす有能なビックデータアナリストのようにだ・・・