白龍様の縁の者かな?
「おや、気配が急に柔らかくなったね。やっぱり白龍様の縁の者なのかな」
そのヒトの赤い瞳が探るみたいにあたしの目を覗き込む。あたしも目がそらせなくて、そのヒトの目をジッと見返した。
「僕も白龍様の縁の者だよ。分からない?」
分かるわけないじゃない。証になるものがないんだもの。
そう思ったけど、そのヒトからふわりと漂う匂いがなんだか知ってる気がするのにふと気がついた。
鼻をスン、と鳴らしてよくよく匂いを嗅いでみる。
あたし、この匂い知ってる。
白龍様のジンジャで嗅いだ匂いよ。お水みたいな、木みたいな自然の優しい匂いなの。あれにとってもよく似てる。
このヒト、本当に白龍様のお友達なの?
悪いヒトじゃないのかも知れない。そう思ってあたしはおずおずとそのヒトの服を噛み締めていた牙を緩める。そのヒトは大げさにため息をついて、あたしが噛んでいたところをしげしげと見つめた。
「ああ、やっと離してくれた。強情な野狐だねぇ。袂が破れなくて良かったよ」
ごめんなさい。でも、だって、すごくすごく怖かったんだもの。雅人おにーさん達を守らなきゃって思ったんだもの。このヒトが本当に白龍様のお友達なんだったら、悪いことしちゃったな。あとで白龍様に怒られちゃうかも。
「さて、じゃあちょっと見せてもらおうか」
言うなり、怒られるかもってしょんぼりしてるあたしの横をひとまたぎ。そのヒトが急に寝ている雅人おにーさんの方へずいっと近づいた。
なにすんのよ!!!!!!
あたしはそのヒトの足元へ回りこんで、必死に吠える。
雅人おにーさんに近づかないでよ!
確かに白龍様とおんなじみたいな匂いがするけど! それだけでアンタが白龍様のお友達だって決まったわけじゃないんだから!
「おお怖い。どうあっても白龍様の力の根元に近づかせないつもりなんだねぇ」
なに言ってるか分かんないけど、とにかく雅人おにーさんには近づかせないんだから!!!!!
あたしは全身の毛を逆立てて威嚇する。
「ふふふ、随分とまあるく膨れて、イガグリのようだねぇ。可愛らしい」
あろうことか、そのヒトはとっても面白そうに笑い出した。
なんなの、なんなの!
こっちは全力で威嚇してるっていうのに、イガグリみたいって! 悔しくってギャンギャンと声を荒げて吠えるけど、そのヒトは「けなげだねぇ、力の差が分からないわけではないだろうに」なんてヘラヘラと笑うばっかりで。
「さくら……?」
急に、雅人おにーさんの寝ぼけ声が聞こえて、あたしは心臓が止まるかと思った。
あたしが吠えすぎてうるさくしたせいで起こしちゃったんだ。せっかくこの怖いヒトの意識があたしに向いていたのに、雅人おにーさんに気が向いてしまったら。
怖くて怖くて、あたしは一層毛を逆立てた。
ふたつの尻尾を立てて広げて、少しでも雅人おにーさんが見えないように。
「ああ、なるほど」
急に、白い怖いヒトが真顔になった。なんに納得したのか分からないけど、にいっと笑って服をひらりとひるがえしてあっと言う間に消えてしまう。
「今日はこれで勘弁してあげる」
そんな言葉だけが霞みたいにふんわりと漂っていた。