噛んだね?
「噛んだね?」
ぴたりと動きが止まって、そのヒトが振り返る。その真っ赤な目は、とてもとても冷たかった。
さっきまで面白そうに光ってたのに、今は暗くて冷たい感じがするの。
あたし、怒らせちゃった……?
体中が急に冷たくなっていく。まるで、あの大きな鉄のカタマリ……車っていうのに跳ね飛ばされて、体じゅうの血が抜けていったときみたい。
「野狐、離しな」
真っ赤な目が光る。空気が一気に重たくなって、怖くて怖くて仕方がない。でも、あたしはそのヒトの服を離すことができなかった。
だって離したら、雅人おにーさんのところに行っちゃう。
こんなに強いヤツ、絶対に雅人おにーさんに近づけたらダメなんだもん……!
「そんなに震えて、尻尾も立てられないくせに。離しなよ、今なら無礼も許してあげる」
ニタリ、とそのヒトが笑う。髪も服も顔も、ぜんぶが真っ白の中で、口と目だけが真っ赤で、すごくすごく怖いの。
「へぇ、これでも離さないか。面白いね、弱っちいくせに」
ジロジロとあたしを見る目は、完全に面白がってる。あたしを脅してるのもコイツにとっては遊びなのかも知れない。でも、いつ本気で怒り出すか、何を考えてるのか、ぜんぜん分かんないのが怖い。
お願いだから、雅人おにーさん達に近寄らないで。
「んー、飛びかかってくるわけでもないから好戦的ってこともないよねぇ。なんなの? お前」
そのヒトの意識があたしに集中する。怖いけど、それでいい。
ゆっくりとそのヒトがあたしに手を伸ばしてくる。でもその顔は、さっきまでとは違ってちょっと優しかった。
「ねえ、何したいのさ、お前。袂を破られるのは困るんだけど。離してくれない?」
急に猫なで声だしてきた! ふんわり頭まで撫でられたけど……でもだまされるもんか。あたしが服を離したら、雅人おにーさん達のところに行くつもりなんでしょ?
そんなことさせない。雅人おにーさん達はあたしが守る!
「脅してもダメ、優しくしてもダメ、ってなんなのさ~。ねぇ、離してよ。袂がヨダレでベロベロになっちゃうじゃん」
なんでかそのヒトは困ったみたいにグチり始めた。そういえば、なんでこのヒトは力尽くでこないんだろう。このヒトが本気をだせば、あたしなんて一撃でしとめられるんじゃないかなぁ。
だって、それくらい強い力をビンビンに感じるもの。
「んー……あのお守りから、白龍様の力を感じるんだよねぇ。ねぇ野狐、お前、白龍様の使いなの?」
その言葉に、あたしはびっくりして顔をあげた。
もしかしてこのヒト、白龍さまのお友達なの?