白龍様がご立腹ですよ
しっぽも耳もタランと垂れて、一気にしょんぼりしたさくらに、つい笑ってしまう。
「あれ? 嫌だったか?」
ここなら霊的に絶対安全だと思ったんだけど、さくらはお気に召さなかったみたいだ。
境内へ続く階段を一歩一歩ゆっくりと登りながら、俺の一歩前をテトテと力なく歩むさくらに声をかける。
「あそこなら風も通って涼しいだろう? 境内で少し休ませて貰おうよ」
そう、別に何をしようってんじゃない。もう十日も、さくらと二人、家の中にこもりっきりだったから、ちょっと外の風にあたりたかっただけだし。
さわさわと風にそよぐ梢を眺めながら、境内で昼寝とかできたらさぞかし気持ちいいだろうって思ったから来てみただけのことだ。
まぁ、そんなことが出来そうなくらい、不浄な霊に縁がなさそうなのがここだけだったっていう……消去法でここに来たわけだが、さくらが嫌なら無理して居る必要も感じない。
しょんぼりした背中が可哀想で、「ちょっとだけ休んだら、他のところに行こうか?」なんて声をかけたら、「ホント!?」とでも言いたげに、さくらは勢いよく振り返った。
あはは、耳がピーンと立ってる。
目もキラキラだし、しっぽもフリフリと嬉しそうに振られている。そんなに神社は嫌だったのか。
「これこれ、白龍様がご立腹ですよ」
「うわあっ!?」
突然、階段の上から話しかけられて、心底びっくりした。
さくらもびっくりしたらしく、俺の前で毛を逆立てて戦闘態勢をみせて……現れた人影に、一気に気を削がれている。
「神主さん……」
「やあ、久しぶり」
相変わらずの柔和な笑顔で、神主さんが来い来いと手招きしているけれど、この人、さっき『白龍様がご立腹』とか、怖い事言ってなかったか?
「お、お久しぶりです。あの、さっき白龍様がご立腹って……」
恐る恐る聞いてみると、神主さんはなぜか瞳に面白そうな光を宿してこう言った。
「ああ、君たち今にも帰りそうだったでしょう? 白龍様拗ねちゃって」
「拗ねる」
白龍様が? そんな事ってあるのか。といぶかしんでいたら、神主様が「いたっ、本当の事でしょう!」なんて一人で喚いている。
どうやら、白龍様との間で、人には見えぬやり取りがあっているらしかった。
「ま、そんなわけだからおいでよ。お茶くらい淹れるよ?」
神主さんにそう言われちゃ断れない。
それに、白龍様のご機嫌を損ねるのも地味に怖い。
俺はさくらと顔を見合わせて頷きあうと、ゆっくりと、長い長い階段を登って行った。