聡の気遣い
「雅人! 居るんだろ!? 雅人!」
ドン! ドン! ドン! と玄関の扉を叩く音がして、次に遠慮もなしにガチャガチャとドアノブを回す音がした。
この声は……聡か。
俺は、うっそりと腰を上げる。正直今は一人で考えたかったけど、聡にしてみれば多分俺の事が心配だったんだろう。普段は軽くてテキトーそうに見えるけど、意外にも聡はこういう時いきなり優しいヤツだ。
玄関までいく間にも、「おーい」「いるんだろー」「開けてー」と落ち着きのない声がひっきりなしに響いている。
「ちょ……静かに」
思わずそんな言葉の方が先にでてしまった。
でっかい一軒家に住んでいるせいなのか単に性格なのか、聡はいちいちたてる音も声もでかいんだよな。本人は普通に訪問してるつもりだと思うんだが、さすがにご近所迷惑だ。
扉の向こうでは「あ、やべ」という呟きと共に、俺を呼ぶ声も瞬時になりをひそめる。眉毛の下がった聡の顔が眼に浮かぶようだ。
ちょっと癒された気分でドアノブに手をかけた。
「今開けるから、ちょっと待って」
でも、扉を開けた先には、予想に反してちょっと怒ったような聡の顔がある。俺は一瞬言葉を失ってしまった。
「入るぞ」
「あ、ああ」
「これ、土産」
聡ぼ左手にはパンパンに膨らんだ近所のスーパーの袋。無言で手渡され、中身を見てみれば結構な量の袋菓子とペットボトルが入っている。
これ……俺の好きなものばっかり。聡のヤツ、意外と気がきくんだという事実に俺は内心驚いた。
「飯、持ってきた。まだ本調子じゃねえ筈だからお前は座ってろ」
百合香さんが持たせてくれたんだろう右手に下げてきた風呂敷包みの中からは、煮物に味噌汁、白飯に漬物なんていう、いかにも日本食が出てくる。ずかずかと入ってきて1LDKの狭いキッチンに陣取った聡は、手早く持ってきた和食セットをレンジに放り込んで、さっさと夕飯の用意を済ませてしまった。
「あれ、聡も食うの?」
「せっかく持ってきたからな。一人で食うの、味気ねえだろ」
さくらをモフモフと愛でつつご飯を食べる聡はいつになく言葉少なだ。いつも騒がしいヤツが無口だと、なんだか居心地が悪い。俺もなんとなく手持ち無沙汰で、テレビを観てはもそもそと食事を口に運んだ。
ああ、なんか懐かしいな。煮物なんて久しぶりに食べた気がする。
「顔色はもうすっかりいいみたいだな」
聡の声に顔をあげれば、聡が窺うような顔でこっちを見ていた。
「ああ、もうフラつきもないから大丈夫だと思う」
「そっか。まあ、ばあちゃんももう大丈夫だって言ってはいたんだけどさ」