悪霊を形作るもの
さくらが再び攻撃した事で発生した瘴気を、祝詞をあげる事によって浄火していく。
煤のような黒い粒子が陽炎のようにゆらゆら揺らめいて空気に溶けていくのを見送って視線を戻したら、やる気に満ちたさくらが、体をフッと沈めるのが見えた。
飛びかかる気か。
瘴気を随分吐きだして、本体もだいぶ小さくなっただろうし、大丈夫だろう。
そう思って悪霊の方を見た俺は、一瞬固まった。
「え……?」
「おやまあ、始末に悪いねえ」
ウメさんの呑気な声が聞こえたが、それに返事をする暇はなかった。
「さくら! ダメだ!」
気がついたら走り出していて、俺は辺りも気にせずに大声でさくらを制止する。普通の人にはさくらや悪霊は見えていないというのに、誰かに見られたら完全にヤバい人だ。
今にも地を蹴ろうとしていたさくらの小さな体が、ピタリと止まった。
えらい!
あのタイミングでよく止まれたな、さくら。あとでたくさん褒めて、美味しい霊気をたくさんあげよう。
さくらの元まで辿り着いた俺は、そのままさくらを抱き上げて悪霊の元へ向かう。いや、『悪霊だったもの』と言った方がいいのか。
あの気持ち悪い髪の毛や腕がうじゃうじゃと出ていた悪霊は、沢山の瘴気や霊体を吐き出して、今や小さな仔猫と小さな女の子になっていた。怯えて震える仔猫をぎゅっと抱き締めた小さな女の子は、気丈にもさくらをジッと睨みつけている。
俺から急に止められて、さくらは困った様子で俺と女の子達を交互に見てるけど……この様子じゃさくらには、まだ得体の知れない悪霊に見えてるのかも知れないな。まあ、周囲に害を及ぼしてる時点で悪霊には変わりないわけではあるが。
オロオロしているさくらの頭をモフモフと撫でつつ、俺はゆっくりと女の子達の霊体に近づいた。
「来ないで!」
女の子の黒髪が、威嚇するように蠢く。
なるほど、あの黒髪はこの女の子の髪だったのか。
うねうねと動いて俺が近づこうとするのを阻む黒い髪の束。さながら盾のように二人を守っているけれど、さすがにエネルギー不足らしくて動きにキレがない。俺でも突破出来そうだけど、せっかく女の子の声が聞こえたから少し話しかけてみることにした。
もしかしたら話が通じるかも知れないもんな。
ゆっくりと、さらにもう一歩近づいた。
「君、名前は?」
「来ないで! 来ないでったら!」
さらに激しく蠢く黒髪に、さくらは気が気じゃない様子でジタバタと暴れ始める。きっと、俺を守ろうと思ってくれてるんだとは思うけど、ちょっとだけ、ガマンしてくれよな?




