線路沿いの悪霊
なんて気持ち悪い腕。
蠢めく腕をヒラリヒラリと軽やかに避けながら、あたしは攻撃するチャンスをジッと狙っていた。
雅人おにーさんはすっごく一生懸命に修行してたけど、本当はそんな修行なんてさせたくなかった。だってあたしが強ければなんの問題もないんだもの。
だから、この魔物だってあたしだけで倒せるのが理想だ。
それでダメなら雅人おにーさんから霊力を分けてもらう、できれば何とかそこまでで決着をつけたい。雅人おにーさん自らが戦闘に参加するという事態だけは避けたかった。
でも、修行した今なら分かる。
この悪霊は、そう簡単に倒せる相手じゃないってこと。
雅人おにーさんの部屋にいたあの黒いのが1くらいの強さだとしたら、この悪霊は3くらいはきっとあるんじゃないかなあ。
ウメさんはもう何件か事故が起こってるって言ってた。きっとそのせいだと思うの、この悪霊からは一つじゃない複雑な霊気が漂ってきていた。
それってつまり、この悪霊が既に幾つかの命を奪って、取り込んで、勢いを増してるって事でしょう?
怖い。
でも、恐れてる場合じゃない。
あたしが、雅人おにーさんを守るんだから!
そう思ったら、いきなり力が湧いてきた。うん、あたし頑張る!
きっと普通に噛み付いたってダメなんだ。前に黒いのを倒した時みたいに霊気を牙から流したらいいのかな。
考えながら戦ってたから、ちょっと注意が散漫になってたのかも知れない。あたしを捕らえようと蠢めく手の平が、少しだけあたしの体を掠った。
途端、強烈な違和感があたしを襲った。
なあに? 体から何かが吸い取られたみたい。 もしかしてあの手の平で生命力を抜き取ってるの?
ちょっと触られただけなのに。
びっくりして、大きく距離をとる。あいつから近づいてこないことがありがたかった。
でも、こっちから噛んだ時には力を抜き取られる感覚なんてなかった。あの手の平に触れられなければ大丈夫なんだろうか。
何本もある手に触れられる事なく噛み付く……しかも、牙から霊気を流し込むって考えると、そう何度もチャンスがあるとも思えない。一回で出来るだけ大きなダメージを与えたい。
考えろ、考えろ、あたし。
ええと、ウメさんはなんて言ってたっけ。
悪霊には、真逆の陽の気が大事だって、言ってた気がする。
雅人おにーさんは元々陽の方に気が傾いてるっても、言ってたと思う。ってことは、そっか、雅人おにーさんからいっつも霊気分けて貰ってるからあたしの中の霊気を集めて攻撃すれば、自然に陽の気で攻撃した感じになるんだよね。
かんたん、かんたん。
ちょっと落ち着いたあたしは、自分の中の霊気を集めて牙のあたりに集中させた。