修行前
ガバッと起き上がったさくらを見て、思わず笑みが溢れた。
きっと名前を呼ばれて飛び起きたんだろう。寝ぼけまなこの癖に何度も何度もまばたきして、眠気を飛ばそうとしてるのが微笑ましい。耳もしっぽも眠気との激闘を物語るかのごとく、垂れ下がりかけてはピン!と立ってを繰り返す、自室にいたなら寝落ちるまで見守りたいくらいの可愛さだ。
昨夜は悪霊退治を頑張ってくれたんだから、かなり疲れてる筈だし、ゆっくり寝ててもいいのにな。
実際昨夜からこっち、悪霊に襲われて死にそうになるわ、さくらはいきなりケモ耳フサフサ尻尾付きの女の子になるわ、神社では究極の選択を迫られるわ、聡ん家のばあちゃんは霊能者だわその飼い猫は猫又だわ……なんかもう色々ありすぎだ。
精神的に削られ過ぎて、俺だって今は緊張してるからまだ大丈夫だけど、家に帰ったら絶対に布団へ直行だよ。
ねぎらいの気持ちを込めて頭を撫でてやれば、しゅーん……と垂れていた耳が、ピン!と立って、無意識に尻尾がふわふわ揺れた。
「へえ、その様子じゃ一応回路はできてるみたいだねえ」
「回路?」
「ああ、霊力を眷属に受け渡すための回路さ。今頭撫でた時にも霊力が雅人からさくらちゃんに流れたからね」
「あ、はい、白龍神社の神主さんが、なんかしてくれたみたいで」
「へえ、良かったじゃないか。結構修得するのに難儀するんだよ。眷属持ちが初めに躓きやすいポイントのひとつなんだ」
知らなかった。そんな事を易々とやってのけるなんて、あの神主さん、実は凄い人なんだな。
「回路を繋げるための期間は本来、眷属との関係性を築いたり、浮わついた気持ちを落ち着ける期間としても丁度いいもんなんだが」
そこで言葉を切って、百合香さんが俺とさくらをマジマジと見つめた。見つめられてなんだか居心地が悪いのか、さくらはそっと俺の後ろに隠れて、耳だけをピクピクと動かしている。それを見て、百合香さんがにっこりと微笑んだ。
「そうだねえ、雅人はそれなりに落ちついてるみたいだし、さくらちゃんとの関係性もしっかりと構築出来てるみたいだから、さっさと他の修行に移ろうかね」
どうやら、合格が貰えたらしい。
「ウメ!」
「なんだい?」
「さくらちゃんを頼むよ、あたしはこの坊やをしっかりと鍛えなきゃいけないからねえ」
サッサと二人を追いはらい、百合香さんは俺にしっかりと向き直る。
「さあ雅人、あんたは忙しいよ。なんせさくらちゃんをしっかりと使うための技術と、さくらちゃんがいない時に自分を守るための術を両方まなばなきゃならない。さあ、覚悟しな」