聡の封印
なんだかんだでまずは聡の封印を解く事になった。
百合香さんによるとなんでも聡はほんの2〜3才から霊を見始めたらしい。あまりに小さい頃から霊を日常的に見ていると、世間の常識から外れてしまうし、何より悪いモノに唆されたり危害を加えられることもある。それを危惧した百合香さんによって、聡の力はこれまでずっと封印されていたらしい。
身内からすりゃ危険から遠ざけたいっていうのは、そりゃ当たり前だよな。
もちろんそんな小さな頃の事、聡が覚えている筈もなく、その話に一番驚いていたのは聡だった。そして感謝は気持ちよくすっ飛ばして、全力で興奮している。
「すっげー!マジか!ばーちゃん、早く早く!」
子供か。
ちょっとした封印を解くための儀式があるみたいで、高級そうな桐の小箱から出されたお香を跨いで立っている聡は、待ちきれない様子で百合香さんを急かす。
「うるさい!全くやっぱり解かない方がいいのかねえ、さすがに心配だよ」
「同感。力は強くてもやっぱり判断力に難ありじゃないか?」
百合香さんとウメさんが早くも胡乱げな表情になる中、聡はもうウズウズ、ウズウズ、ついには貧乏ゆすりまで始まってしまった。
「ばーちゃ〜ん、もう待てねえよお」
「仕方ないねえ、まあいったん知っちまってからダメだっていう訳にもいかないしねえ。ああ、言うんじゃなかった、私も耄碌したもんだ」
「百合香はいつだって聡にゃ甘いよ。孫バカっていうんだろ」
愚痴りながらも着々と陣を作っていく百合香さん。手慣れた様子で淀みのない動きがさすがだ。一方ウメさんはタイクツそうに大あくび。フカフカの座布団の上でまあるくなって、前脚で顔を擦ってみたりしている。やっぱり猫も可愛いなあ、まあ猫は猫でも猫又だけど。
「さて」
準備が整ったらしい百合香さんが祭壇の前に立つと、途端に空気が張り詰めた。
朗々と、高く低く唱えられる祝詞が耳に心地いい。目を閉じると、波の中を漂っているみたいな安らいだ気持ちになるのが不思議だ。
百合香さんの声が段々熱を帯びてくる。お婆さんの小さなからだから出されたとは思えない力ある声に、儀式のクライマックスを感じて薄っすらと目を開けたら、さすがの聡も神妙な顔で目を閉じている。
………あれ?
なんか聡のヤツ、妙に汗かいてないか?
額には大粒の汗が光り、すでに頬を伝って顎からポタリと雫が落ちた。
上半身がふらつくのを必死で堪え、足は浮きかけてたたらを踏む。聡の息が上がってきて、胸の前で合掌していた腕がブルブルと震えだしたその時。
「ーーーーー破ッ‼︎‼︎‼︎」
百合香さんの気合一閃。背中を力一杯打たれた聡は、そのまま勢いよく転がった。