仔狐一匹、お持ち帰りです
狐につままれたような、ってこういう事をいうんだろうな。あまりにも想定外の出来事が次々に襲ってきて、俺はもうすっかり混乱してしまっていた。
あの後、神主さんに矢継ぎ早に色々と注意事項を貰い、何がなんだかよく解らない内に、この半透明な仔狐をお持ち帰りする事になってるし。
やれやれ……と、足元をポテポテと歩いていく小さな体を眺める。
はは、俺が一歩歩く間に、こいつ五~六回くらい足動かしてんじゃないかなぁ。ちょこまかと動く華奢な足が可愛い。ついでにふさふさのしっぽも左右にフリフリされていて、これまた可愛い。それを見ていたら今まで恐怖で眠れなかったのがバカみたいに思えるから不思議だ。
いやいや、よく考えろ俺。
確かに俺が怯えてたうなり声の主はこのちっこい仔狐かも知れないが、神主さんの言葉を信じるなら、俺の部屋には元々悪霊が居るわけだよな?
実際、神主さんから貰った注意だって結構な数あったし。俺には何か意味あるのかそれ、って軽く突っ込みたいのが多かったけどな。
ただ、その中で一つだけ、俺を超絶に安心させる内容があったもんだから、ついついそれに安堵して深くはきかず帰ってきたんだ。
それは、この仔狐がアラームの役割をしてくれる、って事だった。この仔狐で対処出来ないような危険があれば、この社の神様にちゃんと伝わるから大丈夫だって言われたんだ。
ヤバい時は神様が助けてくれるって言われたら、なんか安心しちゃうんだから不思議だよなぁ。それとも俺がチョロいのか。あ、そういやあの神主さん、この仔狐に名前つけてあげてくれって言ってたなぁ。力も絆も強まるとかなんとか言ってたけど。
名前……名前……名前ねぇ。
気がついたら足が止まっていた。真剣に考えてたら、歩くのが疎かになってしまっていたんだろう。仔狐も不思議そうに振り返って俺を見上げている。
「名前、つけなきゃな」
声に出してみたら、仔狐は全身から嬉しいオーラを放ってくれた。興味津々、耳をピーン!と立てて、キラキラのつぶらな瞳で見上げてくる。ふさふさしっぽが期待に充ち溢れてふさっふさっと大きく左右に揺れた。
そこまで期待されると……なんかハードル上がった気がするんだけど。
えーと、えーと……神主さん、この仔狐は女の子だって言ってたよな。名前、可愛いのがいいよなぁ。
古風な感じとか?
若干焦った俺の目に、この仔狐と出会った日にも見た桜の木が飛びこんでくる。もう葉桜のそれは、今日も薄暗い道の中でひときわ鮮やかだった。
「さくら……さくらでいいか?」