第4話 デモンストレーション
いくらなんでもおかしいだろう。そのまま、足腰の鍛練を続けていたら、さらに1ヶ月後に100メートル走のオリンピック記録の倍の速度で走れるようになってしまった。
夜の鍛練に付き合ってくれるヨーシノさんによると、一瞬にして目の前から消えてしまうらしい。俺は幽霊になったのか?
事前に移動する方向を教えておいてかろうじて視線だけがついていけるらしい。
「それだけ速ければ、あのシュウジとやらにも勝てるんじゃないのか?」
収二は時折訓練場に顔をだしてはチート能力を見せつけるだけ見せつけるので、一般兵からは、総スカンをくらっている。
「勝てるかもしれないが、勝ったあとどうなるかわからない。あっちには皇女さまがついているしな。」
風の噂では2人の仲は良いと聞こえてくる。だがいつまで続くのだろうか。収二の今までの女性関係で3ヶ月持ったことがないらしい。よく収一が愚痴っていたのだ。
「なあそろそろ、腕試ししてみないか?」
「またその話か。どうしても参加しなきゃならないのか?」
どうも訓練内容に初心者ダンジョンでのパーティー攻略が入っているらしい。どうやら、国が勇者を召喚したというデモンストレーションをしたいらしい。
国民を安心させるのも皇帝としての大事な仕事なのはわかるが、竜退治に関係無さそうなのと身体能力向上に役に立たなさそうだからだ。
「大丈夫だ。攻略しつくされているから、ラスボスのダンジョンストーンさえ、誰かが奪わなければどうってことないんだ。」
「それが奪われるとどうなるんだ?」
「ダンジョンのレベルが上がる。出てくるモンスターのレベルがアップするんだ。そして数ヶ月もすると迷路に仕掛けられたトラップも上がるらしい。」
「どのくらい上がるんだ?」
「全くのランダムだ。そして1年かけて、元のレベルの1つ上に上がるらしい。だから、1年は閉鎖されるのが普通だ。その後、攻略し直すことになる。」
「それは大変だ。」
「それを禁止する法律もあるからこの帝国ができてから、いままでなかったがな。」
「なんだ。焦らせるなよ。それならば、挑戦してみようかな。」
「そう言ってくれるか・・・たすかったぁ。」
どうやら、収二に断られたらしい。そうだろうな。めんどくさいのは嫌いだからな。俺を虐めるのは、面倒じゃないのに変な奴だ。
・・・・・・・
既に騎士団の中で仲良くなっている兵士たちとパーティーを組むことになった。当然、指導役は団長のヨーシノさんだ。一兵士の彼らが団長から指導されるのは、堅苦しいのだろう。
装備は、伝説級のモノを皇帝から賜った。着る人間にピッタリフィットする鎧に魔力を投入すると何でも切れる長剣だ。まあMPが一般人並みの俺が使うとただの長剣なんだけど、それでも市場にあるどんな剣よりは良く切れるらしい。
それから、弓は特別な威力はないが的に当たる確率が高いものらしい。素人の俺が使うにはピッタリなのだろう。
美幸さまや清光先生は言葉を濁すが、おそらく収二が何もできない奴だと吹聴しているようだ。
「ねえ、そんなところへ行くの止めて!」
出発する前日の夜、与えられた個室の前で待っていたのは、美幸さまだった。
「召喚されて2ヶ月、俺たち勇者の一行に対する風当たりは最悪の状況なんだ。」
収二は力を誇示するようなデモンストレーションなら出張ってくるが、本当に国民たちに密接な細かな仕事には見向きもしない。俺に出来るのは騎士団の中で交流を深めるくらいだ。
初心者ダンジョンとはいえ、ラスボスを倒すだけで周囲の魔獣の活動がしばらく無くなるらしい。そうなればダンジョンの周囲の住人にアピールできるだろうし、口コミで帝都の人間にも伝わるだろう。
「なら私も行く! 傍にいなくちゃ生き返らせもできないのよ。」
美幸さまのスキル能力には『蘇生』というものがあって、半年間に1回だけ使えるらしい。
「ダメだ。君が来たら清光先生も来るだろう。目の前で清光先生と俺が死んだら、選べるのかい? どちらかを選んで後悔しないかい?」
「・・・・・・。」
美幸さまの瞳から涙がこぼれる。綺麗だなぁ。きっと、その状況を思い浮かべているのだろう。俺を選ぶなんて有り得ない。清光先生を選んで俺が死んで、後悔して泣いてくれるだけでも心が救われるな。
だが、そんな選択をさせたくは無いんだ。この場で唯一の身内である清光先生にすべて使って欲しい。