第1話 油断ならない皇女
またしても、あの宙返りコースターに乗ったときのように脳味噌をかき回されているような、心底気持ち悪い衝撃が襲ってくる。
女神がインターラプトしたためであるらしい。もう少し、乗り心地良くしてほしいものだ。
「ようこそいらっしゃいました。勇者さま。」
石造りの真四角な部屋には、床になにやら意味不明な絵が描かれており、そこに俺たちは降り立った。
目の前には、1人の少女が立っていた。薄布からしっかりと身体の線がモロ見えで均等がとれた身体を惜しみなく見せている。
だがその鋭い視線が気の強さを如実に現しており、言動とは反対に優しげな人物では無いことがわかる。
「わたくし、サイゼリウス皇国、皇帝ガスタード1世の娘、デニーと申します。お見知りおきくださいませ。」
その少女は優雅なのに一分の隙も無い挨拶をした。
「俺が勇者のシュウだ。」
収二は勝手に俺が代表だと言わんばかりに進み出て握手をしている。奴の好みのタイプだ。これまで騙してきた女性たちの特徴と似ている。粗相しなきゃいいけど・・・。
「突然の召喚にお怒りのことと思いますが話を聞いて頂けないでしょうか。」
言葉こそ下手に出ているが態度は上から目線だ。
「うむ。かまわぬ。」
収二はそんな相手の態度に一切気付いていないようだ。
「ありがとうございます。この国を救って頂きたいのです。」
「どういうことだ。」
相手が好みのタイプだから収二が安請け合いをするのかと思えば意外と交渉する気はあるようだ。そういえば収二は、こういう交渉ごとには長けていたっけ。
隣で即座に肯定しなかったのをいぶしかむ、美幸さまの姿が映る。美幸さまなら・・・言いたくないが、交渉ごとには不向きだ。どんな結果が待っていようとも、困っている人がいれば、助けない訳がないのだ。
不本意だが、仕切っているのが収二で良かった・・・のだろう。
「この国には数十年に一度、黒竜が現れ人々をそのう・・・。」
皇女には言いにくいのか、言いよどんでいる。
「皆殺しか?」
その様子から察したのだろう。収二はそう返した。
「ええ、そして食べるのです。」
収二さえも絶句してしまったようだ。巨大な力を持つ、黒竜は多くの人々が集まるところに現れては皆殺しにして、まるで鯨が魚群を丸呑みするかのように食べてしまうんだという。
「半年後には、その数十年に一度の季節がやってきます。」
「そんな強力な敵に俺たちは戦いを挑まなくてはならないのか? 過去に倒した例は無いのか?」
「いいえ、数百年まえに私と同じように勇者さまを呼び出した際に一度倒しております。そのときの指南書らしき文書も見つかっているのですが、勇者さまの国の言葉で書かれているので読めないのです。」
彼女は当時の召喚者よりも優秀で召喚された人間に異世界の言葉を自動翻訳してくれる能力を付与する事ができるらしい。
凄いな。前回召喚された人間は、話が通じない状況下で相手を倒したのか。それに比べれば随分とイージーだ。
「・・・、先生。読んでくれ。」
収二は皇女から手紙を手渡され開封してみたが、読めなかったらしい。
「これは、・・・フランス語だ。」
清光先生は受け取ると一度目を通す。
「ああ、大丈夫だ。しっかりと倒す方法が記されている。」
この場で読まなかったのは、後々の交渉を有利に進めるためだろう。
下手をすると、この文章を読ませるためだけに召喚された可能性もあるのだ。
チラッと見たが随分長い文章だった。攻略の方法だけが記されているとは思えない。
皇女は、一瞬眉をしかめる。もしかすると本当にこの文章を読ませるためだけに召喚されたのかもしれない。
「内容を話して頂けないのでしょうか?」
「ああ、この文章は俺たちの世界の言葉だが、違う国の言葉だ。間違った意味で伝わるといけないのでじっくりと解析させてもらえないだろうか?」
清光先生はフランス文学専攻だったはずでフランス語なら日本語と同じように使えるはずだ。しかし、空気を読んだのか、そんな風に返す。
収二はそれで納得したのか話を続けた。
「それで俺たちは、その竜から人々を守り抜けば、元の世界に返してもらえるのか?」