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薄汚れた取引

「あなたが破壊したこの屋敷の対価を払っていただきたい」


エムべブは無慈悲な口調でそう言った。


「対価、って言うと……」


「ざっと見積もって、銀貨百枚というところですな」


「銀貨、百枚?」


俺は首を振った。冗談じゃない、ニートの俺はポケットに百三十八円しか持ってないのだ。


「まぁ、あの女奴隷を私に売っていただくという手もありますがね」


そう言うと、エムべブはビスコの方をいやらしい目つきで見た。

口枷をはめられたままのビスコが、うーうーと抗議の声を上げる。


「あの女奴隷なら、銀貨五十枚で買い取りますよ」


それにしたって、銀貨五十枚ほど足りない。


俺はポケットに手を突っ込んで、全財産を取り出した。

百円玉が一枚、十円玉が三枚、五円玉が一枚に、一円玉三枚。


道端でジュース一本買うのがやっとの金額だ。


「ツケといてもらうわけにはいかない?」


「ふざけないでいただきたい」


エムべブは冷たい笑みを浮かべた。


「私は商人だ。担保のない相手に貸しを作るような愚かな取引は行わない」


完全に足元を見られていた。エムベブは俺から魔力が失われていることを確信した上で、可能な限りの物をむしり取ろうとしているのだ。


“ケツアゴ”の話といい、以前の俺は余程こいつに憎まれていたのだろう。


「払えないのであれば、いいでしょう。あなたをふん縛って宮殿に引き立て、アンゴルモア・チャレンジ(カップ)の賞金でも受け取ることにしましょう」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


俺は慌てた。エムベブの目が本気だったからだ。

悪徳商人は立ち上がると、ゆっくりと俺の方へと近づいてくる。


「あなたを待つ時間もコストだ。そう猶予を与えるわけにはいけませんぞ」


エムベブは俺よりもずいぶんと背が高く、分厚い胸板をしていた。不意をついてぶん殴って逃げようかとも思ったが、返り討ちにあうのがオチだろう。


「さぁ、どうするのですか、大王」


いよいよ俺の目の前に立ったエムベブは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて俺の鼻をつついた。


「やめて、やめて……」


俺はポケットから百円玉を取り出した。


「と、とりあえず銀貨一枚は支払う」


日本の造幣局が発行したとはいえ、百円硬貨も銀貨には違いないだろう。俺はそう思って百円玉を手渡した。


「ほう、支払う意思がおありか」


エムベブは百円玉を受け取ると、初めてみるであろう細工の硬貨をしげしげと眺めた。やがておもむろに手をかざすと、小さく呟くように呪文を詠唱する。


そして。


「……大王」


「何?」


「これは銀貨ではありませんぞ」


「えっ?」


「この硬貨の組成は主に銅です。そこに銀白色の別の金属を混ぜた合金ですが、銀ではない」


「マジで、百円玉って銀じゃないの?」


「このような小細工で錬金術師(アルケミスト)を誤魔化そうとは……」


「いや、ちょっと待って、そんなつもりじゃ。ほら、全部あげるから」


俺はポケットから全財産を取り出すと、エムベブの手に押し付けた。


「ごまかそうとしたわけじゃないよ、信じて」

必死に弁明する。


「俺だって中学の修学旅行で造幣局を見学してれば、百円玉が銀じゃないって知ってたと思う。だけど俺は苛められてて、修学旅行に行くのが嫌だったから嘘ついて休んだんだ。かーちゃんが修学旅行に着て行きなって、わざわざイトーヨーカドーで新しいトレーナー買ってきてくれてて、そのせいで胸が痛んだけどな」


「大王」


エムベブの顔色が変わった。


「分かってるよ。逃げてるのは自分が弱いせいだ。だけどそのせいで周りに遅れをとって、ついていけなくなって、ますます色んなことから逃げちゃうんだ。悪循環なんだよ」


「大王、この硬貨はどこで手に入れたのです」


エムベブが震える指で、一円玉を摘み上げる。


「えっ?」


「こんな金属の組成は見たことがない。この金属をどうやって錬成したのか、想像もつかない」


俺はぽかんと口を開けた。エムベブは興奮した様子で一円玉をこねくり回している。


そうか。


俺は思い出した。


アルミニウムだ。

アルミはボーキサイトから電気分解して作られる。その製法が発見されたのは十九世紀のことで、さらに大量生産を可能にするには電力の普及を待たなくてはいけなかった。


造幣局には行けなかった俺だが、アルミのエピソードは“マスター・キートン”か何かで読んだことがある。


魔法が普及しているせいで科学がそれほど発展していないヴィシュラ王国では、アルミはまだ発見されていない金属のはずだった。


「これは貴重な代物だ。大王、ぜひこの硬貨を譲って欲しい」


俺はぽかんとその話を聞いていたが、やがてうなずいた。


「い……幾ら払う?」


「この硬貨一枚につき、金貨千枚」


「売った!」


取引が成立した。


俺は薄汚い笑みを浮かべた。






※※







「このノートは、描いた絵が数分間だけ実体化するという魔法のノートです。代金は金貨百枚」


「買った!」


「投げつけると蛇に変化する(ワンド)はいかがです?金貨五十枚です」


「買った!」


俺はエムベブの宝物庫で様々な魔法の品を買い揃えていた。何せこれから王都の奥へと侵入し、王妃が立て籠もる塔へ登らなくてはいけないのだ。大長編のドラえもんのふしぎ道具に匹敵する備えが必要だった。


「喋るバギーとか、食べさせると怪物が仲間になってくれるキビ団子は無いかな?」


「何ですか、それは」


「いや、無いならいいんだ」


俺はエムベブが勧めてくる品物を片っ端からカバンに詰め込んでいた。それも魔力を帯びたカバンであり、内部の空間が歪んでいるせいで見た目よりも遥かに多くの荷物を収納できるカバンだった。


「ねぇ、ソータロー、これってハリーポッターで見たやつじゃない?」


ビスコが奥の方から持ってきたのは、身にまとうだけで姿が消える透明(インビジブル)マントだった。


「エムベブ、これは幾らだ」


悪徳商人はにんまりと笑みを浮かべた。


「大王は本当にいい物ばかりを買っていかれる。金貨五百枚です」


「まじか……結構いい値段だな」


「ですが、第二城壁を突破するつもりなら、そのマントは必需品ですよ。何せ第二城壁を守っているのは、かつて七神将と呼ばれていたルドー兄弟ですからな。あ、あといいニュースがあります。そのマントを今買えば……」


エムベブはまったく同じ型のマントを奥から持ってきた。


「おまけでもう一着ついてきます」


「買った!」


エムベブは俺から代金の金貨を受け取ると、満足そうにそれを懐へとしまい込んだ。一時間前まで自分のものだった金貨が返ってきただけだというのに、実に嬉しそうだった。


「第二城壁ってのは、王都の外周を囲っている第一城壁よりも内側にある壁のことだよな」


「はい。その壁の中には王都の中心である王城と、家臣たちの屋敷しかありません。いわば貴族階級の街です」


「だからルドー兄弟が門番を務めているわけか」


「彼等は交代で門を見守っているのですが、何せ手薄な時というものがない」


「それはそうだろう。六人もいるんだからな」


俺は腕を組んだ。ルドー兄弟というのがどんな奴らだったか思い出せなかったが、モナカと並んで七神将と呼ばれていたのだとしたら、相当な手練れのはずだ。


「エムベブ、ルドー兄弟の弱点を知らないか」


俺がそう問うと、エムベブは意外そうな表情を見せた。


「それを大王がお聞きになるとは不可思議ですね」


悪徳商人は怪訝な顔を見せた。





つづく

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