アンゴルモア・チャレンジ杯
俺の手下である七神将のうち、六つ子のルドー兄弟が敵側に寝返ったことが判明した。
よってこちらの手駒は漆黒の葬儀人こと、モナカ・ヤーゼンスキーただひとり。
待ち受けるヴィシュラ王国軍は総勢二十八万人。新宿区の人口に匹敵する規模だというのに、だ。
俺は白目を剥いて立ちつくした。宮殿で宝物と美女に囲まれて暮らす日々を夢見たが、一瞬で砕け散った。
「そういうことだとしたら、遠くへ旅に出るしかねえな……」
そうつぶやく。
「ねえソータロー」
ビスコが俺の顔を覗き込んできた。
「さっきから話が見えないよ。七福神がどうしたとか、宮殿がどうしたとか」
「七福神じゃなくて七神将な」
「あんたはただのニートで、あたしはただの高校生のはずよ。ここは一体どこなの?」
「だから、ここはヴィシュラ王国だ」
俺は少しずつ思い出してきた事実を口にした。ビスコに説明する意味もあったが、自分の中でも整理したかったからだ。
「かつてこの国はヴィシュラ王が統治していた。科学よりも魔法を重んじる国で、代々、宰相には強い魔力を持った妖術師が選ばれている。比較的、肥沃な土地に恵まれているおかげで政治は安定していた。宰相のソリスが王妃に横恋慕する事件が起きるまでは、ごくごく平和な国だったんだ」
そこまで説明した俺は、首を傾げた。
「おかしいな……」
「どうしたの?ソータロー」
「北の異民族から輿入れした若い王妃に横恋慕した宰相ソリスは、王を暗殺して自分が王に成り代わろうとしたんだ。そこであらゆる秘術を駆使し、この世で最も破壊的な、邪な神の力を借りようとした」
「そうです」
俺の説明にモナカが口を挟んできた。
「それがアンゴルモア大王の召還と呼ばれる事件」
「その通り」
その時に呼び出されたのが、この俺。このヴィシュラ王国の文化圏では、アンゴルモア大王と呼ばれている邪神オー。
本来であればどんな高位の魔術師の召還だろうが、俺様が自ら降臨することなどあり得ない。たいていはウリュボスあたりを派遣して対応させるものだが、その時の俺はちょっとした気まぐれを発揮して、宰相の前に姿を現した。
ソリスという人物に興味を抱いたからだ。
それは決していい意味ではない。その心の醜さに付け込み、弄んでやれると踏んだのだ。
そして俺はソリスを支配すると、奴を操ってヴィシュラ王を弑逆させた。
王座を簒奪したソリスは暴君として王国に君臨すると、貧しき者から奪い、弱き者をくじき、人の話に耳を傾けず、古くから伝わる寺院を壊しまくった。
ただし、唯一思い通りにならなかったのが王妃だ。
王妃は高い塔に籠もり、決して出てこようとはしなかった。
ソリスは王を殺した最大の目的を手に入れることができずに苦しみ、ますます圧政によって民を苦しめた。
だがしかし、それらは全てずいぶんと前に起きた出来事だったはず。
俺はモナカの方を振り返った。
「モナカ、俺が姿を消してから何年がたつ」
「そうですね、一年と少しです」
「やはりな。ということは、俺たちは過去へ遡っているんだ」
これもまた、蒼の騎士団とやらが仕掛けた時空結合のとやらの結果だろうか。
「……俺が去って一年ということは、まだ“アンゴルモア・チャレンジ杯”は続いてるってことだな」
「はい、大王が姿を消したとはいえ、呪いは四年間有効ですから」
「ねぇ、ソータロー。“アンゴルモア・チャレンジ杯”って何よ」
ビスコに問われ、俺は説明するかどうか迷った。現代日本から来た女子高生に理解できる内容ではなかったからだ。
“アンゴルモア・チャレンジ杯”とは、俺がヴィシュラ王国を舞台に仕掛けたお楽しみ企画。
宰相を惑わし、王国全土を恐怖と苦痛の帳で包み込んだ、暗黒の大王アンゴルモア。圧倒的な悪役である俺様を打倒する勇者を大募集したのが、“アンゴルモア・チャレンジ杯”だ。見事に俺を打ち倒した者は富と栄光と、塔へ逃げ込んだ王妃を手にすることが出来る。
要するに俺が“悪の大王ごっこ”をやりたくて始めた企画だ。そのタイミングで、住民全員に対してスキルだアビリティだをパラメータとして可視化できる呪いをかけた。人々が互いの能力を確認してパーティを組み、悪の大王に立ち向かえるようにだ。
だが結果は大失敗だった。
我が方の軍勢が強すぎたからだ。
「それはアンゴルモア大王を潰そう、って企画なんだ。ビラやポスターを大量に作って、地元住民にけしかけた」
「ふうん。何て言うか、大手ショッピングセンター建設に反対してるウチの商店街の反対運動みたいね」
「まぁ、似たようなもんだな」
結局のところ、主催者である俺が途中で飽きて、放り出してしまったんだけど。
「じゃあそのアンゴルモア大王って人は大変ね。国中から狙われてるわけでしょう?」
「そうだな、ヴィシュラ王国の全員が敵みたいなもんだ」
そう言って俺は自分の姿を見下ろし、安堵した。このクソ低レベルで役に立たない童貞ニートへの転生にも、一つだけいい点があった。高坂ソータローの姿をしている限り、俺があの暗黒のアンゴルモア大王だとは誰も思わないだろう。
「ビスコ殿、これがそのビラですぞ」
モナカが言うと、胸ポケットから折りたたまれたビラを取り出した。それを目にしたビスコが目を丸くする。
「ねえ、ソータロー」
「何だ」
「このアンゴルモア大王って、どう見てもあんたなんだけど」
「何だと!?」
俺はビスコからビラを奪い取った。紙面の中央には、ニヤニヤと気持ち悪く笑う高坂ソータローの顔が描かれていた。
つづく