七神将のモナカ
漆黒の葬儀人と名乗った謎の人物は、肩にかけた太い真鍮の鎖を頭上で振り回し始めた。
「ビュリダモスの弱点は、炎属性の攻撃ですぞ」
そう口にしながら、翼獣と距離を測りつつ、鎖を振り回す。ビュリダモスは突如現れた敵に対して、威嚇の咆哮を繰り出した。
「……こいつ、分かってんじゃねーか」
俺がそう呟くと、葬儀人はチラリとこちらを見て微笑んだ。
「お褒めいただきありがとうございます、大王」
その口調に、どこか聞き覚えがある。
こいつは、誰だ?
俺が必死に記憶をたどっている間に、葬儀人が仕掛けた。
素早く踏み込むと、真鍮の鎖をビュリダモスの頭部に叩き付ける。
叩き付ける直前、真鍮の鎖が炎に包まれた。
俺は驚嘆した。
「炎の魔属化か!」
ビュリダモスの羽毛に火が飛び移る。
翼獣はピギャアァァーー!みたいな悲鳴を上げた。バイオハザードで言えば、ボスの体の赤く光る弱点に攻撃がヒットした感じのリアクションだ。
「いいぞ、効いてる!」
俺は興奮しながら拳を握り締めた。
いったい何者だ、この葬儀人って奴。相当強いぞ。
裏コマンドを使ってパラメータを覗いた俺は腰を抜かした。
レベル383?
戦闘スキルが18個?
それ以外の能力値も桁外れだ。ここにいる全員のパラメータを全部足しても、足元にも及ばない高性能。
そら確かに、ビュリダモスなんかじゃ相手にならないわな。最初期の天下一武道会にラディッツが乱入してきたようなもんだから。
葬儀人は炎をまとった鎖を横なぎに払う。
もはやビュリダモスはケンタッキーフライドチキン一歩手前。たたらを踏んで後退し、やたらとピギャアァ!ピギャアァ!と悲鳴を上げる。
その時俺は気がついた。葬儀人はその気になればビュリダモスを瞬殺できるのだが、あえて見逃そうとしてるのだと言うことに。
翼獣は燃え盛る鎖から逃げ惑い、ついには翼を広げて飛び立つ。
この場から逃走したのだ。
「やった!」
俺は戦闘に勝利したファイナルファンタジーの登場人物のように飛び上がって喜んだ。
「すげえよ、あんたつえーよ!」
興奮する俺の前に進み出ると、葬儀人は膝をついてお辞儀をした。
「お久しぶりです、アンゴルモア大王」
明らかに俺のことを知ってる様子だった。
だが、俺はこいつのことを思い出せない。
こういう時って、困るよね。
数年ぶりに会った親戚の叔母さんに、一方的に昔話とかされて、必死に相槌を打ってるんだけど、内心アンタダレ?になってるシチュエーションによく似てる。
幼児の頃に、犬のウンコを素手で掴んで振り回してた話とかされても、こっちは記憶が無いんだから。
「おっ、おう、久しぶり」
俺は何と返事していいか分からないまま、まずは相手に合わせた無難な返事をする。
「その……何ていうか、元気だった?」
「いえ、元気ではありませんよ」
葬儀人が不思議そうな顔を浮かべた。
「大王こそ、かなり雰囲気が変わったようですね」
俺は自分が着ている毛玉だらけのパーカーを見下ろした。
以前にヴィシュラ王国を訪れた際に、どんな格好だったかは記憶にないが、こんな野暮ったくも弱っちい、のび太系ファッションじゃなかったことは確かだ。
こいつは何で、俺が俺だと分かったんだ?
そして以前の俺と、どんな関係値だったんだ?
「ちょっと、ソータロー。にこやかに談笑してる場合じゃないわよ」
ビスコが会話に割り込んでくる。
「これっていったい、どういう状況なわけ?そーか、あれでしょ。ユニバーサルスタジオジャパンの新しいアトラクションか何かなんでしょ?」
「USJ?それは無理だな、ビスコ。ひきこもりの俺には、大阪まで出かける気力は無い」
「じゃあ、これは何。その男の子は一体誰?」
「ボクは男の子ではありませんぞ。れっきとした女です」
葬儀人は、ボクっ娘であることを主張した。
「はじめまして、七神将の一人、漆黒の葬儀人こと、モナカ・ヤーゼンスキーです」
「モナカ?モニカじゃなくて?」
「はい、モナカです」
「……どうもはじめまして、あたしは最上美津子です」
「美津子??さっきはビスコって呼ばれてませんでした?」
「それはあだ名よ。さすがにウチの親も、ビスコなんてキラキラネーム付けないわ」
二人の会話に耳を傾けながら、俺は心の中でビスコに喝采を送っていた。
少なくともこのボクっ娘の名前と肩書き(?)は判明したわけだから。
七神将ってことは少なくとも七人組なわけで、この葬儀人であるモナカと同レベルの強力な面子があと六人はいるわけだ。
そしてモナカが俺のことを大王と呼んで従属の姿勢を見せているということは……。
七神将とは、俺の手下に違いない。
かつて俺はヴィシュラ王国を蹂躙した際に、こいつらを引き連れてあちこちを荒らしまわったのだろう。そしてその時には、アンゴルモア大王と名乗っていたわけか。
だんだんと、状況が呑み込めてきた。
そしてひとつ、思いついたことがある。
かつて俺がこの王国を支配下におさめ、これほど強力な手下を七人も連れていたのだとしたら、どこかに宮殿を建てたはずだ。
そしてペテルギウス星人たちに強いたように、あちこちから財宝を貢がせ、国中の美女を集めたに違いない。
その場所へ行こう。
俺はカマをかけることにした。
「なあ、モナカ。こうして久しぶりに会えたんだから、俺ん家でお茶でも飲んでいかないか?」
誘いをかけて、葬儀人に俺の宮殿まで案内させようという作戦だ。
だが、モナカは俺の言葉に驚きの表情を浮かべた。
「だ……大王、今何と?」
「あ、いやだから俺んところ来ないかって、ちょっと氣志團っぽく言ってみたんだけど」
「王都に建てられた、あのアンゴルモア宮殿に、いよいよお帰りになる覚悟を決められたということですね。大王、ボクはこの日をずっと待ちのぞんでおりましたぞ」
「おっ、おう……(どうしたやけに重たい話になってるな)」
「この国のあらゆる宝物を集め、二十四時間チョコレートファウンテンが流れるあの甘美なる宮殿。やはりあの場所は、大王にこそ相応しい。さぁ、旧王家の軍隊を打ち破って宮殿を我が手に取り戻しましょう」
「えっ?ちょっと待って、どういうこと?」
「ですから、かつて大王が征服し、蹂躙し、舌を噛み切ってその場で死んでしまいたいほどの恥辱を二十四時間三百六十五日与え続けたヴィシュラ王国の旧王家の面々が、大王への復讐心をギラギラと燃え滾らせたまま、二十八万もの大軍を率いて大王の宮殿を占拠してるわけじゃないですか」
「えっ、そうなの?」
「奴らは大王の留守をいいことに、ヴィシュラ王国を再び傘下におさめたのです。その背後では遠方からやって来た謎の騎士が糸を引いているとも聞きます」
「謎の騎士だと?……悪い予感しかしねえな」
「いよいよ奴らを駆逐し、玉座に返り咲く時ですぞ、大王」
「お、おう」
俺は曖昧に答えながら、状況が思っていたより甘くないことを痛感していた。
ヴィシュラ王国の旧王家いうのがどんな奴らだったか思い出せないが、二十八万もの軍隊を率いているとなれば、いくらモナカが破格の戦闘力を持っていても、歯が立つわけが無い。
モナカを除けばこちらには、女子高生とニートしかいないのだから。
俺はふと思いついて、聞いてみた。
「そういえば、残りの七神将は元気かな?」
その言葉に、モナカが暗い表情を見せる。
「それが……大変申し上げづらいことですが、大王がお留守の間に、七神将のルドー兄弟が旧王家側に寝返ったのです」
「えっ、そうなの?」
俺はがっくりした。モナカほどの強者が敵に寝返ったのは手痛い打撃だ。
「……そうか、あの兄弟に裏切られたのは痛かったな。で、こっちに残ったのは何人だ?」
「だから、私ひとりですよ」
「えっ?」
「ルドー兄弟は六つ子ですから」
「シェー!」
俺は言葉を失った。
つづく