最終ステージへ
「それはモグモグモグ太郎……だよっ!」
背後からビスコが突っ込みを入れたので、俺はようやく思い出すことができた。
正面の階段の上で待ち受ける、エメラルドグリーンの一つ目ゴリラ。
以前も、象牙の塔を登っている途中で忽然と現れた化け物。
ビスコはこいつがモグモグモグ太郎だと言う。
だが俺の記憶の中で、モグモグモグ太郎とは、小学生の頃のビスコに俺が買ってやったぬいぐるみのはずだった。
「ンゴンゴ、フガフー。ゾウゲノトウ、ハヤクノボルー」
こちらにも聞き取れるように、都合よく言葉をチューニングしてきている。本当にこいつがモグモグモグ太郎なら、喋ることなんかできないはずなのに。
「くそ、何か企んでるんじゃないのか、この一つ目ゴリラ」
俺が言うと、ビスコがぶんぶんと首を横に振った。
「モグモグモグ太郎はそんなことしないよ。忘れちゃったの? ソータロー。あの場所でいつも、モグモグモグ太郎は待っててくれたのに」
「……あの場所?」
その時、激しい衝突音が響き渡った。何かが塔に激突したのだ。足元がぐらぐらと揺れるとともに、頭上からパラパラと壁のかけらが降ってくる。
「主、どうやらこちらの居場所がペテルギウス星人に見つかったようです」
エミルがそう言った。
「くそ、あのサルどもが!」
俺は毒づく。光子力キャノンを何発も食らえば、いかな頑丈な象牙の塔といえどそう長くはもたない。俺は裏コマンドを呼び出すと、象牙の塔のパラメータを調べた。
「やべえ、耐久度が一気に三分の二まで削られてる」
シャトレーゼが怪訝そうな顔をこちらに向ける。
「大王、それはどういう意味ですか?」
「この象牙の塔の耐久度が残り三分の二ってことだ。あと二発食らったら塔は崩壊する」
そうなれば、王女と会って現代日本に帰ることは不可能になる。というよりそれ以前に、倒壊する塔に押し潰されてペシャンコになるだけだが。
「くそ、これじゃあ塔を登り切るまでとても持たない」
俺が言うと、シャトレーゼがその黒い瞳を俺に向けてきた。
「大王……」
その強い目力に、俺は引き込まれそうになる。
「大王……もしかして、象牙の塔が壊れたら、てっぺんまで登れないとか、思ってない?」
「えっ?」
「じゃあ質問です!」
「えっ? 何?」
「恐怖の象徴、破壊の化身である大王が、象牙の塔が壊れたからって……こんなところで引き返しますか?」
シャトレーゼは俺に背を向け、ゆっくりとひび割れた壁に向かって歩き出す。
「えっ? マジで何言ってるの? ねぇ、シャトレーゼ。」
壁まで到達したシャトレーゼはさっと振り返り、そして。
「……引き返さない、直すの」
そう言うと、強い光がシャトレーゼを包んだ。
象牙の塔の壁が、瞬く間に修復されていく。
「えーーっ? まさか……」
そう言いながら俺はヘルプコマンドを検索した。
「マジか……レベル五十以上の“修復”スキルを持ったキャラクターなら、MPと引き換えに毎ターン耐久度を回復できるのか」
「主、今のうちです」
エミルが分かり切った台詞を吐いた。
「そうだな」
俺は再び階段に目をやる。正直、ここからの道のりを想像するとしんどかったが、背に腹は代えられない。三時間ほど登れば売店に着く。売店に着きさえすれば、エレベーターで一気に頂上まで行けるのだ。
「後は頼んだぞ、シャトレーゼ」
振り返ると、光に包まれたシャトレーゼが必死で修復を掛けている。俺は裏コマンドを呼び出してシャトレーゼが後どのくらい持ちこたえられるのか、あとどれくらいMPが残っているのか調べてみた。
「そうか……35億か」
つぶやくと、俺たちは階段を駆け上がり始めた。
※※
象牙の塔の外壁のあちこちにから、火が噴き出している。シャトレーゼが修復をかけているとはいえ、光子力キャノンによるダメージが顕著だった。
「ソータロー!急いで」
前を行くビスコが声を張り上げた。
俺たちは焦げ臭さが立ち込めるらせん階段を、猛烈な勢いで駆け上っていく。塔の外壁をぐるりと囲む階段は横幅が二メートルほどしかなく、手すりがついていない。何度かバランスを崩して落ちそうになり、ヒヤリとする。
「くそ、売店に辿り着く前に転落死するぞこれ」
俺は毒づいた。死亡フラグがあちこちに立っている。
今自分が、最高難易度の状況にいるのだという自覚があった。爆発炎上する塔を登るってシチュエーションは、明らかに最終ステージだからだ。
「ンゴンゴ、フガフー!」
先を行くモグモグモグ太郎が、俺に激励の言葉を浴びせる。
ビスコが、手を振って俺を呼ぶ。
ふと、俺は既視感を覚えた。
この状況を、かつても見た記憶がある。
耳もとを、光子力キャノンの閃光が掠め飛んだ。塔を狙って放たれた一撃が、僅かに外れたのだ。
周囲に漂うイオン臭。
だが俺は気に留めていなかった。自分の脳裏に浮かんだ既視感に気を取られていた。
いったい、あれは何だったのか。
階段の先を行くビスコに目を向けた俺の視野が、一瞬揺らぐ。
足元がふらつく感覚を覚えた。
「……これは、一体」
「主」
エミルの声が聞こえた。
「主、しっかりしてください。精神領域に混線が起きています」
「混線?」
俺は思わず膝をついた。
フラッシュバックのように、西園寺かの子の顔を浮かぶ。そして、丘田惣次郎、最上ビスコの顔も。
だがみんな、今よりも幼い。
数年前の姿のようだった。
「混線ってどういうことだ」
何とか言葉を捻り出す。
「……炎に包まれたせいで、高坂ソータローの精神領域にひずみが生じてしまいました。あちら側の出来事、記憶が流れ込んできているのです」
エミルが何を言っているのか分からない。
遠くから、俺を呼ぶビスコの声が聞こえる。だが随分と距離が離れてしまったようだ。近くに聞こえるのはエミルの声だけだった。
「高坂ソータローに、何があった?」
どこかで垣間見た、ソータローの記憶。かつてはクラスの人気者だったのに、ある日を境に閉ざされてしまった人生。
部屋に飛び散った血飛沫。
サイコ、惣次郎、ビスコ。
あれは、何年前だったか?確か夏休みだったはずだ。
「……ンゴフガ、ソータロー」
誰かが俺の手を握った。
顔を上げると、エメラルドグリーンの毛が目に入った。
「ンゴフガ、アイ、コトバ、ヒツヨウ」
そうだ。
俺たちの合言葉は、モグモグモグ太郎、だった。
つづく




