虜囚を追う者
長く、長く伸びた影が地に落ちた。
象牙の塔を、夕日が照らしている。
世俗との接触を断った王妃が閉じこもる、遥かに高い塔。俺は一度あの塔に昇り、そして王妃と会った。
なぜだか王妃は、西園寺かの子の姿をしていたのだが。
あれも時空の歪みが引き起こした悪戯だったのだろうか。
俺は自分の両手を縛った縄を見た。
傍らでは、バハラティがうめき声を上げている。
俺たちはソリスの軍勢に捕らえられ、鉄格子で覆われた護送車に閉じ込められていた。出入り口には見るからに頑丈そうな南京錠が取り付けられている。
「プリンセス・テンコーでもなけりゃ、この檻から脱出するのは無理だろうな」
俺がそうつぶやくと、隣に座ったシャトレーゼが不思議そうな表情を見せた。
「鍵を外すこと自体は、低級魔法で可能ですわ」
「そうか」
「でも、周囲を取り囲むソリスの軍勢が黙っているとは思えません……」
俺は視線をめぐらせた。俺たちを乗せた護送車をグルリとソリス軍の精鋭たちが取り囲んでいる。槍と楯で武装した屈強な男たち。そして上空には、翼を魔族の一員であるハルピュイアが飛んでいる。
俺たちは敗北した。圧倒的な軍事力と、暗殺者を使った奸計の前に膝を屈したのだ。俺はモナカのことを思った。たった一人で奮戦した魔道人形は、俺が注意を怠ったために丘の上で殺された。その事実に胸が痛む。
モナカとの契約を守ることはできなかった。
記憶を失っていた俺は、契約の内容について覚えていなかったが、それはおそらくモナカを人間にしてやるというものだったはずだ。
モナカの言葉が胸に蘇る。人間になった暁には、ふかふかの布団にくるまり、思う存分ゴロゴロするのだとモナカは言っていた。
ささやかな夢だ。
そんなちっぽけな望みくらい、叶えてやればよかったのに。
過去の俺はどうしてそんなことさえ、渋ったのか。
そこまで考えた俺は、不思議に思った。
過去の俺についてではない。現在の俺の心境についてだ。
だがその時。
周囲の空気が張り詰めるのがわかった。
俺たちを取り囲む兵士の輪が割れ、白馬に乗った人物が姿を現した。
戦場でありながら甲冑を身に着けることをせず、黄金の衣をまとった白面の青年。
「ソリス……」
俺の声を聞くと、ソリスは馬上から歪んだ笑みを投げかけた。
囚われの身であるこちらを見下ろし、口を開く。
「無様な姿だな、アンゴルモア大王」
「同情するくらいなら、縄を解いてもいいんだぞ」
「そうはいかん。象牙の塔に着くまでは大人しくしておいてもらう」
「象牙の塔で何をするつもりだ」
「あの女に思い知らせるのだ」
そう口走るソリスの顔には、深い憎しみの色が浮かんでいた。
「あんたがそこまで王妃を憎む理由がわからないんだが……」
俺が言うと、ソリスは不思議そうな表情をこちらに向けた。
「お前が言うか? アンゴルモア大王。あの女を我が物にせよと唆したのは、そもそもお前ではないか」
「それはそうだが、王妃はあんたを拒絶しただけだ。まぁ、腹立つっちゃ腹立つだろうが、そこまで根に持つ話じゃなくないか?完全にストーカー事案になっちゃってるぞ」
「あの女が、どこから輿入れしたかお前は知らないのか?」
「うん?」
言われて俺は、何かが閃いたような気がしていた。心に引っかかったまま忘れていた何かを思い出しそうになったのだ。
だが。
頭上を旋回するハルピュイアが騒がしくなった。つられて、護送車の周囲を行く兵士たちも上空に気を取られている。
ソリスもまた、馬を進めながら空を見上げていた。
だが檻には天板がはめられているため、中にいる俺たちには、何が起きているのか見ることができない。
「おいソリス、何が起きてるんだ」
「くそ……」
ソリスは苦々しげにつぶやくと、俺に怒りのまなざしを向ける。
「何を仕組んだ、アンゴルモア大王」
「へっ?」
身に覚えのない俺は素っ頓狂な声を上げる。
今のところ、助けが来る予定は無かった。邪神の力は封じられたままだし、モナカは倒され、ルドー改は再起動しないまま囚われている。シャトレーゼ、バハラティ、ビスコ、モグモグモグ太郎にいたるまで、およそ味方と言える面子は全て檻の中なのだ。
いっそ気持ちいいほどの絶体絶命。
じゃあ、上空に現れたのはいったい何だと言うのだ?
「なぁソリス、マジで心当たりがないんだ。だから教えてくれ、上空に見えるのは何なんだ?」
ソリスは引きつった顔をこちらに向けた。
「本気で言ってるのか? あれはお前が呼び寄せたのではないのか?」
「だから、いったい何が見えるんだ」
「犬の糞だ」
「へっっ??」
「空に浮かんだ、無数の犬の糞だ」
それを聞いた瞬間、俺は嫌な予感がした。
「もしかしてソリス、、、、その犬の糞には、未消化のコーンが混じってないか?」
「……そのようにも見える」
「くそっ」
俺は悪態をついた。それが何だか、見当がついたからだ。
それは、ペテルギウス星人の宇宙艦隊だった。
※※
考えてみれば、すぐ判りそうなものだ。
俺は自分が置かれている状況について改めて考えていた。
全宇宙に君臨し、恐怖と暴力であらゆる惑星や種族を支配してきた存在。
挑んでくる全ての軍勢を蹴散らす“破壊”の化身。
鍛えられた鋼も、魔法も、科学も、傷一つつけることができない。
圧倒的、絶対的、無敵、素敵、快適な存在。
それが邪神オーだ。
吉田沙保里が十人で束になってかかっても、判定負けするかも知れないほどの強さなのだ。
そんな俺様が今や、檻に閉じ込められて無防備な状態に晒されている。邪神オーの命を狙うものたちにとって、千載一遇、乾坤一擲、激アツリーチの大チャンスに違いない。
「くそっ、ペテルギウス星人か。どうやって俺の居場所を……」
俺は歯噛みした。かつて二百隻を超えるやつらの宇宙艦隊を一撃で屠ったことを覚えていた。あれで決着はついたと思っていたが、灰色の肌に赤い毛を生やした猿どもはしぶとく再起の機会を狙っていたのだろう。
やつらの惑星はヴィシュラ王国から遥か遠くに離れていたはずだが、光子力ドライブを使えばひとっ飛びだ。そしてペテルギウスの艦隊が光子力キャノンを放てば、テクノロジーで劣るヴィシュラ王国に防ぐ技術はないだろう。この辺り一帯、ソリスの軍勢もろとも焼け野原になる。
逃げなくては。
「くそ、ソリス聞け。上空に現れたあれは俺の仕業じゃない。俺を殺そうとしてる奴らだ。早く逃げないとこの辺り一帯が火の海になるぞ」
「……そうそうお前のペテンに騙される私ではないぞ」
「嘘じゃない、あれはガチでやばいんだ。ナウシカの終盤で巨神兵が口から出したビームみたいなやつを撃ってくるぞ」
「見苦しいぞ、大王」
「本当だって。しかも巨神兵みたいに腐って崩れたりしない。上空にいるやつらはバンバン撃ってくるぞ」
だがソリスは鼻で笑うだけだった。
軍勢は歩みを変えず、真っ直ぐに象牙の塔を目指した。上空に位置した艦隊が落とす影の中にいたが、動揺する様子は一切見られない。
「くそ……」
俺は再び歯噛みして、檻に顔を押し付けた。鉄格子の隙間から、ペテルギウス艦隊の様子を伺おうとする。
「主、ちょっと問題が起きたようです」
俺が携帯しているビデオカメラが振動し、エミルの声が聞こえた。
「ああ、問題だらけだな」
「ペテルギウスの艦隊を呼び寄せたのは、蒼の騎士団のようです」
「何だと?」
「主に恨みを持つ勢力で、すぐに呼び寄せられる武装勢力として、ペテルギウス星人を選んだに違いありません」
「ということは、それだけじゃないのか?」
「はい、あらゆるネットワークに主が捕縛された情報がリークされています。このチャンスに、蒼の騎士団は一気に決着をつけるつもりです」
「マズい、本気でマズいな」
「大至急、この場所を離脱することをお勧めします」
言われて俺は、エミルの方を振り返った。そういえばこいつは第一話から俺の支援をしている邪神の下僕だった。もしかして……。
「何か脱出のための妙案があるのか?」
「いえ、そこは自力で何とかしていただきたいのですが……」
俺は泣きそうになった。
その瞬間。
ふっと空気の匂いが変わった。原子に帯電が起き、大気がプラズマ化する時に特有の匂いだ。
と、いうことは……。
「くそ!」
光の柱が、目の前に突き立てられた。
光子力キャノンだ。
「撃ってきたぞ!」
戦端が開かれた。
つづく




