そして決戦の地へ
鴉飼亭の庭で“佐古エミルの裏ベスト360分 チューテツズカット版”によって時空を超えた俺が目を覚ましたのは、柔らかな草の上だった。
それは小高い丘の上だった。
身を起こした俺の耳に、目を疑うような光景が飛び込んでくる
「な……何じゃこりゃ」
そこは、戦場だった。
眼下に広がる大草原に、無数の軍勢がひしめき合っている。
鎧を身に着け、馬に跨った騎士や、槍を構えた歩兵。石弓を携えた弓兵もいれば、巨大な投石器を押している一団もいる。
様々な装備、様々な旗の色。
それだけじゃない。
人間に混じって、魔物の群も軍団を構成している。
巨大な狼に跨ったゴブリン、骨の鎧を身にまとったオーク、その他、名前を特定することのできない異形の怪物たちが、足並みを揃えて行軍している。
向かうのは、ヴィシュラ王国の王都だ。
「くそ、ロード・オブ・ザリングの撮影じゃないよな、これ」
俺はつぶやいた。
「いよいよ、宰相ソリスが蜂起したようですね」
エミルの声がしたので、俺は驚いた。首をぶんぶん振り回して、姿を探す。
「主、私はここです」
声は足元からした。目をやると、盗撮のため鴉飼亭の庭に持ち込んだビデオカメラの液晶パネルに、エミルの顔が映っている。
「なっ……」
「主がビデオカメラを手にしたまま時空転移してくれたおかげで、私もこちら側に来ることができました」
「えっ?そういう設定なの?」
「いずれにせよ、戦火に巻き込まれないうちに王都へ侵入し、最上ビスコを連れて脱出しましょう」
「でもさ、王妃の信頼を得てアンゴルモア・チャレンジ杯を解除してもらおうって作戦だったんじゃ……」
「状況が変わりました」
エミルは冷たい声で言い放った。
「眼下の軍勢の数を数えてください。人間とモンスターを合わせて八十万を超えています。これは赤壁の戦いで曹操が動員した人数を超えています」
「いやいや、三国志の軍勢の数とか誇張に決まってるから、比較対象にするのはおかしいだろ」
「そうですね。では例えを変えると、山梨県の人口と同じくらいです」
「そう聞くとすげえな」
「対するヴィシュラ王国軍は二十八万。鳥取県の半分くらいの人口ですね」
「鳥取の半分?山梨対鳥取の半分か……だとすると、王国軍に勝ち目は無い気がするな」
「これだけの軍勢が激突すれば、どちらが勝つにせよこの国は壊滅的なダメージを受けます。主の命を狙うアンゴルモア・チャレンジ杯も自然消滅するでしょう」
「……そうか」
俺は想像した。無数の軍勢がぶつかり合い、血が流れ、家屋に火がつき女子供が泣きわめき、逃げ惑う様子を。
「……まぁ別に、いいじゃんwww」
おかげで俺様の命が助かるのだから。
エミルが咳払いを一つして、続ける。
「この状況は、蒼の騎士団も想定していなかったはず。彼らもすでに王族側とは手を切って、王都の外に脱出していると思われます」
「あいつら、いっつも想定してないことばっかなのな」
「もはやあの王国を救うことはできません。素早く王都に侵入し……」
「ビスコを連れて、脱出する」
そう口に出した俺は、自分の胸の中に清々しい風が吹いたような気分になっていた。いよいよ蒼の騎士団が仕掛けた罠から抜け出せるのだ。
大団円、物語の終わりを迎えようとしていた。
数十万人の人々の犠牲は別として。
※※
「これは……ちょっと困ったな」
想定していなかった事態に遭遇した俺は、ポツリとつぶやいた。
「確かに、これは厄介ですね」
ビデオカメラの中からエミルが同意する。
王都へ潜入した俺たちは、ヴィシュラ王国から現代日本へと連れ帰るべき重要人物、最上ビスコを見つめていた。
離れた場所から。
ビスコとは王妃の隠れる象牙の塔で別れた。その後、何をどうしてこうなったのかは、知る由もない。だが一つだけ確かなのは、そう簡単にビスコを連れ出すわけにはいかなくなったということだ。
俺たちがいるのは、王都の中心に設けられた円形の広場。かつての王が、近衛兵たちの閲兵を行うために設けた場所だ。
俺はその二階席に身を潜めていた。
広場の中心に、ビスコの姿がある。
背後にはずらり、完全武装の兵たちの姿があった。
「ビスコ将軍!」
兵士の一人が叫んだ。
黄金の鎧に身を包んだビスコが頷き、前へと進み出る。
その先には、真っ赤なマントに身を包んだ司祭が待ち受けている。やがて司祭のもとへたどり着いたビスコはひざまずき、金の鞘に納められた宝剣を手にした。
司祭はモゴモゴと聞き取りづらい声で話し始める。
「よく来たな、大将軍ビスコ……そなたを¢£%#&□△◆■!」
後半は何を言っているのかよくわからない。
だがビスコは背筋をしゃんと伸ばして、司祭の言葉を聞いている。
「くそ……あいつ、何やってんだ」
「そうですね。司祭から宝剣を授かったということは、何らかの権限を受領するとともに、大いなる義務を負ったということかも知れませんね」
「そんなこたぁ、見ればわかる。初期のドラクエで言うところの、『よくきたなゆうしゃビスコよ』ってやつだ」
宝剣を受け取ったビスコは、それを高々と掲げて宣言した。
「大将軍ビスコ、命にかけてもこの王都を守り抜いて見せます!」
歓声が上がる。
「くそ、何を勝手に宣誓してんだあのやろーは」
「どうやら王都防衛の司令官に任じられたようですね」
「ふざけんじゃないよ」
俺はその場で地団駄を踏んだ。
「こんな敗戦必死の防衛戦を引き受けてどうしようってんだ」
「騙されたんでしょう。彼女はとてもシンプルな思考回路の持ち主です」
「言われなくたって想像はついてる」
そして、ビスコが宝剣を拝受して広場の中央に向き直ると、彼女の背後に整列していた兵卒たちが一礼をして回れ右をし、そのまま広場から出ていく。
「あっ……あれは、何だ」
「あれを見てください、主。退出していく兵卒たちの先頭に掲げられた旗です」
目をやると、白い旗が目についた。
「マジか!?あいつら、ビスコを防衛戦の大将に祭り上げといて、自分たちはとっととソリス軍に降伏しようってのか」
「合理的な判断です。山梨県に匹敵するソリス軍に、鳥取県が叶うわけがない」
広場には大将軍の装束を身に着けたビスコと、司祭たちだけが残された。武器を手にした兵士たちは残らずその場を立ち去ったのだ。
「くそふざけた話だ。軍属の人間が丸ごとこの都市を見放したってことか」
俺は二階席を降りると、走って広場の中心へと向かった。
こんな馬鹿な話があるものか。
「おいビスコ!とっとと引き上げるぞ。お前騙されてるのに気づいてないのか?」
そう言いながら駆け寄る。だが俺の目の前で、さらに奇態な光景が繰り広げられた。
大司祭が帽子を脱いでマントを外したのだ。
「あ、そろそろ時間なんで、ここでいいですか?」
脇を固めていた神官たちも同じように衣装を脱ぎ始める。誰かが大司祭の後ろに回り、背中のジッパーを外してやっていた。
「おい、これは何なんだよ?」
広場にたどり着いた俺はあんぐりと口を開けた。衣装を外して立ち去ろうとする神官の一人に近づくと、その肩を掴んで問い詰める。
「どこにいくつもりだ?攻城戦が始まるんだぞ?」
「だから、逃げ出すんじゃないですか」
「神に使える聖職者がそれでいいのか?」
「いえ、うちらバイトですから」
「へっ?」
「本物の司祭が逃げ出したもんで、今日の任命式のためだけに集められた劇団員なんすよ、俺たち」
言うと司祭役の座長が俺に近寄り、次回公演のフライヤーを手に押し付けた。
「もし来てくれるんなら、うちのパフォーマンスはちょっと過激なんで気を付けて。そこいらの商業劇団と違うから」
俺の尻をポンと叩く。
「替えのパンツ、用意して観に来てね」
あんぐりと口を開けたまま、立ち去る劇団員たちを見送った。
「ねえ、ちょっとソータロー」
俺の背後にビスコが立った。
「何やってたのよ。探したのよ?」
そうだった。俺たちは王妃に会いに行くため、象牙の塔を昇っている途中で離れ離れになったのだ。
俺だけが現代日本に旅し、やがて戻ってきた。
「色々あったんだよ、マジで。でももう大丈夫だ。一緒に帰ろう」
「無理に決まってるじゃない」
ビスコが決然と言い放った。
「あんたがいきなり姿を消したせいで、一気に事態が動いたの。この責任はどうやっても取らないといけないわ」
「いや、無理だろう」
俺は兵士たちが立ち去り、ガランとなった広場を振り返った。
「この王都は山梨県に取り囲まれてるんだ。ただでさえ鳥取県は劣勢だったのに、兵士がみんな逃げ出したとなったら勝ち目は無い。後詰のない籠城戦はしちゃいけないって、じっちゃんが言ってた」
「あんたが何を言ってるかは分からないけど、ソータロー」
ビスコがぐいっと顔を近づける。
「この場所を見捨てたら、罪のない市民が犠牲になるってことぐらい、あたしにも分かる」
「ビスコ……お前……」
何てこった。
唇を噛み締めた。
どうやら俺は、大切なことを忘れていたようだ。
ビスコが真性のアホだということを。
どうやってこいつを説得したものか、顔を覆って考える俺の背後から声が聞こえた。
「お待ちしておりましたぞ、主」
聞き覚えのある声だった。振り返った俺の目に、モナカ・ヤーゼンスキーの姿が目に入る。
それだけじゃない、山賊バハラティに、不死者の王であるシャトレーゼ、そして鮮やかな緑色のゴリラ、モグモグモグ太郎。
「さぁ、立ち向かいましょう、ソリスの軍勢に」
キラキラした目で俺を見る仲間たち。
いやいやいやいや。
ぜってー無理だって!!
つづく




