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ヴィシュラ王国とインティライミと女子高生に与えられたスキル

最後の記憶は、最上ビスコの巨乳に顔をうずめ、激しく動揺する自らの心臓の鼓動に怯えていたというものだ。



だが目が覚めると俺は、ヴィシュラ王国の城塞の外れにいた。


現代日本の街並みも、安アパートも姿を消していた。辺りは背の高い木々の立ち並ぶ山道で、鳥のさえずりが聞こえている。


ヴィシュラ王国とは何かだと?


そんなことを俺が詳しく覚えているはずがない。ペテルギウス星人を滅ぼす前に、あるいはその前の前……か、その少し前くらいに俺が蹂躙していたはずの王国だ。


俺にしては珍しいことに、滅ぼすことをしなかった。だが見逃した理由が何なのか記憶には残っていない。


確かこの王国は、高坂ソータローが暮らす地球からは、ずいぶんと離れた惑星だったはずだ。

そんなところに俺が瞬間移動したのだとしたら、これがエミルのいう所の時空結合作業の結果であることは間違いなかった。


俺は頭を振って立ち上がる。


何かが頭上にチラチラして、気持ちが悪い。


「いったい、何なんだこれは……」


遠くに城塞都市が見えた。あれがこの王国の王都であることが、うっすらと思い出される。


「おーい、あんた」


背後から声を掛けられ、俺は振り返った。


腰に曲刀を吊るした半裸の男が立っている。


「そこで何してる?そろそろ日が落ちるってのに」

「いや……何でもないんだ、気にしないでくれ。あ、ところで……」


俺は自分の頭上を指さした。

「俺の頭の上に、何か虫でも飛んでいないか?妙にチラチラするんだ」


俺がそう言うと、男はこちらの頭上をじっと見て、やがてぷっと笑った。


「あんた、パラメーターが丸見えになってるよ。しまっといた方がいいんじゃないか?とくにそんな数値じゃあな」


「パラメーターだって?」

「ああ、丸見えだよ。状態だけは健康だが、レベルに見合ったスキルやアビリティが何も装備されてない」

「スキル、アビリティ、レベルだと?」


そこまで口にして、俺はようやく思い出した。


これも俺の設定だ。


科学よりも魔法を発展させてきたこの王国で、俺は全住民に呪いをかけた。人々の魔力、能力をパラメータ化し、可視化できるようにしたのだ。



何のために?



そんなこと、覚えているわけがない。


だが以前にここを訪れた破壊神の状態とは違い、今の俺は無職童貞ニートの十九歳、高坂ソータローだ。男に嘲笑されたように、何の能力も持っていないに違いない。


「くそ……そうか、ありがとう。ところで、あんたは……」


何者だと問いかけようとした俺は、男の足元に女が転がっているのに気付いた。


女子高生の制服。


手足が縛られている。


巨乳が目についた。


半裸の男が、俺の視線に気づいたようだった。


「……これか?あっちに落ちてたんだ。今日は幸運だったよ。村を襲撃しなくても収穫があった」

男は嬉しそうに言う。


最上ビスコだ。


「それ……その女、どうすんの?」

「さあ、持ち帰ってみんなで慰み者にして、飽きたら食べちゃおうかな」


俺は、記憶の片隅をほじくり返していた。確か裏コマンドを設定したはずだ。パラメーターの出し入れは本人の意思がなければ行えないが、裏コマンドを使えば、こっそり覗き見ることができる。


「あんたも来るか?」

男は快活に笑った。


あった、裏コマンドだ。


男の頭上にパラメーターが表示される。

チャットウィンドも。


(女の次は、変な男を見つけた。レベル19で何のスキルも無いから、連れて帰って射撃の的にでもしようかと思ってる。でも戦闘になるかも知れないから、救援よろ)


男はクローズドチャットで仲間にそう伝えていた。


通常、クローズドチャットは第三者から読み取ることはできないが、裏コマンドを思い出した俺にとってそんな縛りは無意味だ。男の仲間の返信に目を通す。


(もうすぐ近くに行くからそこで待ってろよ。女は可愛いのか?)

(可愛い。あと巨乳)

(マジか!)

(すげー楽しみ)

(男は可愛くないけどな)

(聞いてねーよww)


チャットを見れば、男の仲間が二人だということが分かった。



一対三。


俺はニート、何のスキルも無い。



どうすればいいか、考えるまでも無かった。


俺は裏コマンドを開くと“逃げる”を探した。




だがそんなコマンドは無かった。







※※






色が白く、丸みを帯びた愛らしい顔立ち。

やがて、切り揃えた前髪の下の瞳がぱっちりと開いた。


柔らかな唇が、そっと動いて声を出す。


「……ねえ、ソータロー」

「ビスコ、目が覚めたのか」

俺は微笑んだ。


「ここは……どこ?ソータローの部屋じゃないよね」

「違うよ、ビスコ」

「あのボロアパートに行ったとこまでは覚えてる。あんたが帰って来たから、慌てて話をしようとして……」


階段を転げ落ちたのだ。


よくもまあ、そのショックで俺とビスコの人格が入れ替わらなかったものだ。


ビスコは頭を振った。

「ねえ、あたしってばどれくらい気を失ってた?」


「さぁな。……少なくとも俺が目を覚まして、レベル35オーバーの山賊に取り囲まれて、これ絶対逃げられないやんと観念して縛り上げられて、二人でこうして地下牢にぶちこまれて、でも俺がスプーンで地道に穴を掘って脱出を試みたけど、穴から出た先が男子便所で用便中だった山賊の頭領に見つかり、違う意味で騒ぎになって、怒り狂った山賊どもにもう一度牢屋にブチ込まれるまでの間は気を失ってたんじゃないかな」


「そう…。その間、あたしのおっぱい触ったでしょ?」

「……俺の苦労話を聞いてたか?」


俺たちが噛み合わない話をしていると、牢の入口に半裸の男が立った。


山賊の首領、バラハティ・スタークだ。


「おい、二人とも外に出ろ。山賊裁判はじまるぞ」


「山賊裁判だと?」




山賊たちの集落は、険しい崖の上に作られていた。表からは見えないよう背の高い木々に囲まれており、下ろし梯子で出入りするのだ。

集落の中心に、円形の広場があり、そこに十数名の男たちが待ち構えていた。



まずは中央にビスコが立たされる。

女子高生の制服の上から、荒縄で腕が縛られていた。


バラハティが満足気に頷くと、手を挙げて聴衆に呼びかける。

「本日の獲物でーす!」


一同が野太い歓声を上げた。


「希望者は、いらっしゃいますかー?」

一同が一斉に、はーいと手を挙げる。


「まいったなぁ……みんな欲しがりさんなんだからぁ。じゃあこれから、クジ引きを行います!見事に当たりクジを引いた人が、この子猫ちゃんのおぱーいを好きにする権利を得られまーす」


場内に、おぱーいコールが響き渡る。



「何てこった……」


俺は唸った。

「……これ、すでに裁判ですらねえじゃねえか」



「ちょっと、ソータロー!」


中央に立たされたビスコが喚く。


「どうなってるのよ、これ。何かあたしの貞操の危機的な話に聞こえるんだけど」

「ちょっと待ってろ、ビスコ」


俺はきょろきょろ辺りを見回していた。


だがもちろんビスコを助ける方法を探していたわけじゃない。


この隙に自分が助かろうとしていただけなのだ。




俺は裏コマンドを使って、この集落にいる全員の情報について調べ上げていた。


全員が戦闘タイプのジョブで、不意打ちと遠隔射撃系のスキルに特化している。魔法を使える奴はいないが、弓を使えば十分に遠くから狙撃することができる。探索、追跡系のアビリティも豊富で、追ってこられると厄介だった。


こういう手合いを封じるとすれば、物理攻撃の命中率を下げる状態異常に持ち込んで翻弄するか、一気に近接戦闘で片づけるしかない。


だがそのどちらも今の俺には無理だ。



なぜなら、ニートだから!



可能性があるとすれば、この地形だった。


森に囲まれたこの辺りは、記憶が正しければホピュラスの生息地であるはずだ。


ホピュラスを呼び出すことができれば、何とか脱出することができる。




そう、俺だけでも。





※※




「はい、はい、はーい!」


俺が大声で手を挙げると、全員の目がこちらを向いた。



「どうした、男奴隷B」

バハラティが冷たい視線を向けてくる。

「騒がずに、もう少しそこで待ってろ。もうすぐその足に鎖で鉄球を括り付けてやるから」


「あの、その、高坂ソータロー、歌います!」


「あん?」


「この善き日に、スターク一味が素晴らしき獲物を収穫できた幸いを祝ってですね、高坂ソータロー、歌わせていただきます!」


「歌……だと……。てめぇ……」


バハラティの目が鋭くなった。腰に吊るした曲刀を素早く引き抜く。


ギラリ、と刃が陽光に反射し、俺の喉元に切っ先が突き付けられた。


「……上手に歌えよ」


「……は、はい」


哀川翔の前に立たされた勝俣はこんな気分なんだろうなと思いながら、俺は両手を胸の前で組んだ。


「きょ、曲はナオト・インティライミで♪The World is ours!!」



やがて俺は両手を叩きながら歌い始めた。


なぜこの曲が高坂ソータローの脳にインプットされているのかは不明だった。


いつか誰かとカラオケに出かけた際に、ノリノリで歌うためにJ-POPを練習していたのだろう。他に歌えそうなレパートリーと言えば、アニソンしかなかったのだから。


ナオト・インティライミの曲なら、みんなとノリノリになれる。インティライミできる。そう思って練習していたに違いない。


そう考えると、なんだか胸が熱くなってきた。

この無能な十九歳の童貞に対して、これまではまるで共感することができなかったが、今日初めてその健気さに少しほだされたような気がした。



俺は気持ちを込めてサビを熱唱しながら、チラリと山賊たちの方を見た。



腕を組み、凍りついた表情で俺を見るバハラティの姿が目に入った。



何てこった、まるで水曜歌謡祭に出演したクリスティーナ・ロナウドそのものじゃないか。



だが俺は歌を止めなかった。切れ切れのファルセットで山賊たちの胸に届かない♪The World is oursを歌いあげる。




その時だ。


「オーウ、オー」


どこからか、声が聞こえた。



俺は歌いながら、その声に耳を澄ませる。


「……ウォウウォウ」



間違いない。


コーラスだ。



俺の歌に合わせて、インティライミしてるやつがいる。


声の主を見やった俺は、気が付いた。



ビスコだった。






※※




予想外の出来事だった。


そして迂闊だった。


俺はこの集落の全員のパラメータを確認していたのに、肝心のビスコについては何も調べていなかったのだ。


今やビスコは、俺の歌に合わせてリズムを刻みながら、ステップを踏んでいる。


最上ビスコ、十七歳。ダンス部所属。


そうだった。あいつはきっと、踊りに関連したスキルを持っている。ということは……。


俺は歌いながら裏コマンドでビスコのパラメータを確認した。


何ということだ、高いレベルのシャーマン・スキルを持っていた。


だとしたら、こうして共に歌い踊っているのは危険かも知れない。


ホピュラスではなく、ビュリダモスを呼び出してしまうかも知れないからだ。


頭上で巨大な翼が羽ばたく音がした。


さっと、辺りが暗くなる。


「お、親方、あれを見てくだせえ!」

山賊が、いかにも山賊らしいセリフを吐いた。続いて、辺りに悲鳴が響き渡る。


見上げるまでも無かった。頭上に現れたのはビュリダモスだ。白い大きな翼を持った、巨大な肉食獣。蛇の胴体に、鷲の脚。


レベル35の山賊たちに歯が立つ相手ではない。


「この女“召喚”のスキルを持ってやがった」


バハラティが引きつった顔で叫んだ。


だが引きつっていたのは俺も同じだ。


こんな化け物、召喚しても制御する方法が無い。本来であれば呼び出したビスコが操らないといけないのだが、現代日本から連れてこられた巨乳女子高生は、自分が何をしたのかも分からずポカンと翼獣を眺めている。



くそ、まずい。


俺は主人公らしく拳を握りしめ、次の展開を見守った。






つづく

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