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時空を渡る

俺は自分がヴィシュラ王国にやってきた時のことを考えていた。


腹心のエミルから、精神の均衡を保つことが重要、動揺すると時空の狭間に落ちてしまうとアドバイスを受けたにも関わらず、俺はビスコの巨乳に心揺さぶられ、こちら側へとやって来てしまったのだ。


思えば心の動揺によって、現代日本からヴィシュラ王国へ移動することができるなら、その逆もまた然りなのではないか。


俺はそんなことを考えながら“最上階”のボタンを押した。


ブーっと音が鳴る。


「えっ?何これ。最上階には行けないわけ?」


俺はあらためてエレベーターの操作盤を眺めると、何か注意書きが書かれていないか探した。

操作盤には三百個近い行き先ボタンがびっしりと並んでいるが、特に説明書きなどは見当たらなかった。


「幾らなんでも都合が良すぎたか。階段をひたすら昇り続けて最上階を目指すしかないと思っていた矢先、売店の女将が宅配に使っている業務用エレベーターの存在を教えてくれたから、王妃のいる最上階までひとッ飛びだと思ったのだが、そんなに簡単に目的を達成したら話が面白くならないからな」


「あっ、お客さんこれをタッチしないとー」


傍らから女将が手を伸ばし、カードキーで操作盤の下にあるタッチパネルに触れた。


「ワオン♪」


カードキーが鳴った。


「今、何か聞き覚えのある音がしたんだが……」


「お客さん、これで最上階までいけますよ」


「あ、ホントだ」


さっきまで押しても反応しなかった最上階行きのボタンが点灯した。


「これで、本当に王妃のいる最上階までひとっ飛びなのか?」


俺の質問に、女将はにっこり笑って親指を立てた。

「翼を授けよう」


「最上階までは、どれくらい?」


「一分かからないよ」


「えっ?」


俺は改めてエレベーターの中を見渡した。何の変哲もない六人乗りのエレベーター。雲より上にある象牙の塔の最上階に、一分かからず到達するとはどんな超技術だ。宇宙エレベーターか。


「Gが物凄いから、扉が閉まったらすぐに安全措置を講じてね、お客さん」


女将が俺の背後を指差す。そこにあるのはくたびれた座布団と、工事現場で使うようなヘルメットだ。


「これで……身を守れと?」


「そうよ。たまに安全措置を忘れて、エレベーターの中でマルシンハンバーグみたいにペチャンコになる人がいるから気をつけてね」


「それはまずいな。ところで、俺の連れを……」


同乗させたいんだが、と言おうとするや否や、エレベーターの扉が閉まり始めた。


「じゃあ、気をつけてねお客さん。一回上にあがったら、当分は降りてこられないから」


女将が笑顔で手を振る。


「いやいやいやいや、俺の連れをだな……」


女将の背後で、ビスコたちはワイワイとおでんを食っている。エレベーターに乗り込んだ俺の方を見向きもしない。


俺は焦って“開”ボタンを押した。


「くそっ、おいビスコ!モナカ!行くぞ、エレベーターに乗れ!」


だがその声は仲間たちには届かなかった。


俺が押したのは“閉”ボタンだったからだ。


“開”と“開”って漢字、クソ似てるよね?


目の前で扉がバタンと閉じた。


俺は絶叫した。





※※





ケツの方から低い地響きのような振動が伝わってくる。


俺は“閉”ボタンに手をかけたまま、あんぐりと口を開けていた。何の変哲も無いエレベーターが、凄まじい勢いで加速し始めたのだ。


女将の言葉を思い出す。

マルシンハンバーグのようにペチャンコになりたくなければ、安全措置を講じる必要があるだろう。


「くそ、この座布団とヘルメットでどうしろってんだ」


俺は喚きながらヘルメットを被り、座布団の上に座った。


凄まじいGによって、体が押しつぶされそうになる。


「うおぉぉぉおおおぉぉぉぉぉおおお」


呻きながらGに耐えていた俺は、次第に周囲が暑くなってくるのを感じた。大気圏突入の時の白いモビルスーツと同じように、エレベーターが摩擦で熱を帯びているに違いない。


「こ……これはまずいぞ……」


俺は床に手をついたまま、天井を見上げた。このままではエレベーターのゴンドラごと燃え尽きてしまうかも知れない。


チートな邪神であるこの俺様が、大気圏摩擦のヒートで死ぬなんて。


むしろこんな状況で、自分がうまいことを言おうとしている事実に愕然としながら、座布団にしがみつく。


「うわあぁぁ、神様!」


俺の絶叫に、誰かが返答を寄越した。


「……おるかー?」


「えっ?」


俺は耳を疑った。この狭いエレベーターの中には、俺以外の人間はいないはずだ。


「だ、誰?誰かいるの?」


「お、中におるなー。おるんやなー?」


その声は、操作盤の上に取り付けられたスピーカーから流れ出していた。


「だ……だから誰だよ。あんた誰だ」


「お前、ちょっとそこから出てこんか?」


「へっ?」


スピーカーから流れ出る男の声はガラガラの胴間声で、どこかで聞いたことがあるような気がした。


「せやから、ちょっと出てこいや。その中から」


「いや、無理だよ!」


俺は絶叫した。エレベーターがどこまで到達しているか分からないが、この速度で上昇している最中に扉を開けたら無事ではすまない。


「かめへん、かめへん」


そう言うと、男はスピーカーの向こうで豪快に笑った。


「笑い事じゃねぇから。俺、こっから出られるわけないから」


「そう思てるんは、自分だけとちゃうんか?」


男は言った。


「せやろ?ソータロー」


俺は背筋が凍りつくかと思った。

次の瞬間、激しい揺れとともにエレベーターが何かに激突し、俺はゴンドラの天井に叩きつけられた。


そして、意識を失った。





※※





次に俺が意識を取り戻したのは、象牙の塔の最上階だった。



磨き上げられた石の床はひんやりとしていて、ヘルメットを被ったまま倒れ込む俺の頬をそっと冷やしてくれた。



顔を上げた俺は王妃と対面した。



俺はその女の顔を知っていた。



「西園寺……」



口に出してつぶやくと、胸の奥がうずいた。


こちらの言葉など聞こえないような表情で、西園寺かの子が俺を見下ろしていた。




遠くで、かすかに鐘の音が響いているような気がした。






つづく

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