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象牙の塔へ

「くそ、他に方法は無いのか」

俺は盛大なため息を漏らした。


「残念ながら、正攻法しかないのですぞ」

先を行くモナカが眉をひそめる。


「ねーソータロー!疲れたよー。何なのこれー!」

背後からはビスコが盛大に不満を浴びせてくる。


「うるせー、俺だってまさかスカイツリーの数倍もあるスーパーどでかい象牙の塔にエレベーターが設置されてなくて、塔の周りをぐるぐるとらせん状に登っていく階段でしか女王のところに行けないなんて思いもしなかったんだい!」


俺はそう言って上を仰ぎ見た。これから階段を登り切って到達しなくてはいけない塔の最上部は、雲の向こうに隠れて見通すことさえできない。


象牙の塔を昇り始めて三時間ほど経過していたが、まだ塔の半分にも到達しておらず、まだまだまだまだ先は長いようだった。


「くそ、雲の上まで突き出た塔って・・・・・カリン塔じゃねえんだ、冗談じゃないぞ。ちょいちょい出てくる細かい設定は妙にリアリティがあるくせに、こういうところだけハイ・ファンタジーにするのはやめてくんねえかなぁ……」


「何をぶつくさ言っているの?大王」


背後から追ってくるシャトレーゼが静かに言った。


「そんなに文句がおありなら、そもそもあんな女のところへ行くのは諦めた方がよろしいのでは?」


俺は口をつぐんだ。王妃を嫌っているシャトレーゼに言質を与えないためにだ。一行を率いる俺が逆進的なことを口にするのは慎まなくてはならない。


だが……。


「これを昇りきるのに後どれくらいかかるんだ?」


ため息交じりにそうつぶやく。


傍らのモナカが、俺の肩を叩いた。


「まぁそう言わず。そろそろ売店がありますから元気を出して、大王」


「えっ?売店?」


「象牙の塔を昇りきるまでには驚くほどの日数を必要とします。なので階段の途上で必要なものを売る売店が登場したのですぞ」


「マジか・・・・・・」


言われてみると、確かに前方の壁から風にたなびくのぼりが突き出している。

そこに書かれているのは、神々しき“おでん”の三文字。


「おお、あれが売店か」


「そうですぞ。ここの女将の作るおでんは絶品だと聞いています」


「女将さんがやってるのか」


「そうですぞ。女将さんはかつて王妃に目通りしようと塔を昇り始めたものの、途中で疲れ果てて休んでいたところ、通りかかった殿方に見初められて一緒になって、この場所で売店を開いたという伝説が残っています」


「王妃が塔に籠もったのは、伝説になるほど昔の話じゃねえ気もするがな」


だが俺のつぶやきを誰も聞いていなかった。一行の全員が腹ペコだったからだ。

俺たちは暖簾をくぐると、売店へ入った。


「いらっしゃい!」


出迎えたのは、恰幅のいい女性だった。


「女将、六人だ」


「あいよ、奥の座敷を使ってくださいな」


靴を脱いで座敷に上がり込んだ俺たちは、メニューを見ながらオーダーを検討しはじめた。


「はんぺん、がんもにジャガイモ、牛すじと・・・。くっそ、ここはちくわぶが無いのか」


「ボクには卵と豆腐をお願いしますぞ!」


「俺もだ。あと、こんにゃくと」


「ソータロー、あたしはソーセージ巻きがいいなぁー」


「大王、私はごぼう巻きをいただきとうございます」


「ンゴフゴ、ハンペン、シラタキ、ンガング」


「オーケー、わかった……って、ん?ちょっと待て」


俺はテーブルを振り返った。


「今、六人分の注文じゃなかったか?」


俺、モナカ、バハラティ、ビスコ、そしてシャトレーゼ。一行は五人のはずだ。

だが俺はテーブルの端に座る毛むくじゃらの化け物の姿を見た。


そいつは人間くらいの大きさで、全身が鮮やかなエメラルドグリーンの長い毛で覆われていた。


「何だ、ありゃ……ゴリラ?ゴリラじゃねえな……」


「ンゴンゴ、フグフグ」


俺の方を向いたそいつの顔を見てギョッとした。


眼が一つしかなかったからだ。


俺は叫び出しそうになる気持ちを抑えながら、ゆっくりと一同の顔を見渡した。


当然のような顔をして俺たちと相席をしているということは、この一つ目の化け物が、仲間たちの誰かの知り合いじゃないかと思ったからだ。


「おい、モナカ。もしかしてお前の知り合いか?」


「いいえ、ボクは知らないですぞ。野蛮なバハラティが山奥から連れてきたのだとばかり思ってました」


「馬鹿言うな、こんな化け物は知らねーよ。シャトレーゼ先生、もしかして先生がこいつを呼び出したんで?」


「そんな馬鹿な。こんなモンスターは私も見たことがありませぬ。古代魔術図書館のどこを見渡しても、こんな間抜けな種族について記した書物は見当たらないでしょう」


俺は目を剥いた。


「じゃあ、こいつは誰なんだ」


「ソータロー、何を言ってるの?」


口を開いたのはビスコだった。


「これは、モグモグモグ太郎だよ」




※※





ビスコと俺とのやり取りは小一時間続いた。


やり取りの最後に、俺は頷くとこう言った。


「なるほどな。だとすると、お前が言うとおり、こいつはモグモグモグ太郎なんだろうな」


だが俺は別に本当に納得したわけではなかった。


腹が減って我慢ができなくなっただけだ。早くおでんを食いたいから、ビスコとの会話を打ち切ったに過ぎない。


この一つ目の怪物がモグモグモグ太郎だなんて信じられるわけがない。

もしもビスコの説明が正しいのだとしたら、こいつは高坂ソータローと最上ビスコがいた世界、すなわち現代日本からやってきたことになるからだ。


時空の狭間は蒼の騎士団が俺を陥れるために生み出した罠のはず。

ヴィシュラ王国に紛れ込んだのはこの俺と、たまたまその瞬間に近くにいたビスコだけのはずなのだ。


俺たち以外の存在に、簡単に時空の狭間を行き来されたのではたまったものではない。


そんなに簡単に時空の狭間を越えられるなら、こんな風に苦労したりはしないのだから。


「……ん、ちょっと待てよ?」


そんなことを考えながらがんもどきに箸を突き刺していた俺は、ふと考えた。

「時空の狭間を越えるだと?」


「どうしたの、ソータロー?」


ビスコのことは無視した。


「そうか、俺は蒼の騎士団をとっちめて元の世界に戻る方法を考えていたが……」

目の前でおいしそうに白滝を頬張るモグモグモグ太郎を見ながら俺はひとりごちた。

「単に時空を越える方法を見つけ出すという手もあるのか」


「そうだよ、ソータロー」


俺の独り言を聞きつけたビスコが目を輝かせる。


「モグモグモグ太郎に聞いてみようよ。どうやってこっちの世界に来たのか」


そう言うと、ビスコはモグモグモグ太郎の前に座って赤ちゃん言葉で色々と話しかけはじめた。だが鮮やかな緑色のゴリラはングングフガフガと言うだけで、まるで意思疎通ができていない。


「おい、もっとやり方を考えろよビスコ。ゴリラと日本語で会話できるわけがないだろう」


と言いつつ、俺はその光景に何らかの既視感を感じていた。

かつて見た覚えがある。


それはどこでだ?


俺は箸でがんもどきを突き刺したまま、その光景に見入っていた。


「どうしたのですか?大王」


声をかけてきたのはシャトレーゼだ。

俺は眉間に皺を寄せ、考えていたがやがて口を開いた。


「いや、なんでもない。考えていたんだ、あいつが本当にモグモクモグ太郎だとしたら……」


「その、大王。そもそもモグモクモグ太郎とは何者なのですか?」


その問いに、俺は一瞬躊躇した。ややあってから、俺は答えを口にした。


「ぬいぐるみだよ。昔、おれがビスコの誕生日に買ってやったぬいぐるみ。ビスコはそいつにモグモクモグ太郎って名前をつけた」


「ぬいぐるみ?あのモンスターがですか」


「ああ……」


俺は自分の言葉に呆れながら、モグモクモグ太郎と対話しようとするビスコの様子を眺めていた。


既視感の正体は分かった。


俺にぬいぐるみを買ってもらい、喜んで遊ぶ小学生のビスコだ。


それを見ながら俺は考えていた。


この世界と現代日本の間には、何らかの秘密があるのではないかと……。





つづく

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