ルドー改、荒ぶる!
俺たちの前に立ち塞がったのは、王国軍の精鋭部隊だった。
ピカピカに輝くチェイン・メイルに身を包み、手入れの行き届いたパイクを手に陣形を組んでいる。
逞しい肉体を持つ、訓練の行き届いた精鋭たち。
彼らは言わば、学園内で言うところの運動部のエースみたいなものなのだろう。遠巻きに眺めている市民たちの集団の中から、若い女たちの黄色い歓声が飛んでいる。
高坂ソータローの心臓がズキンとうずいた。
俺はギリリと奥歯を噛む。何があったかは不明だが、校内のカースト底辺に転落した高坂ソータローの魂が、過去を思い出して屈辱にむせび泣いているのが分かったからだ。
「大王、いかがいたしましょう」
シャトレーゼが俺に問うた。
考えるまでも無く、俺は号令をかける。
「……踏み潰せ!」
フレッシュ・ゴーレムが醜い雄叫びを上げた。
王国軍の兵士たちも鬨の声を上げると、縦隊を組んで突撃を開始する。
ルドーの拳が一閃した。
王国兵たちがひとまとまりになって、木っ端のようにはじけ飛ぶ。
「いいぞルドー!蹴散らしてやれ」
まるで勝負にならない。ルドーは駄々をこねる三歳のガキがレゴブロックを投げ捨てるように、兵士たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げる。
「むははは!立体軌道装置も無しに四メートル級の巨人を倒そうとは、愚か者どもめ!」
俺はシャトレーゼを肩に乗せて暴れまわるルドーを後ろの方から眺めつつ、呵呵大笑した。
ルドーが行く先は、モーゼが海を割ったがごとく道が開けていく。俺は全く負ける気がしなかった。
かつてもこうやって、俺はこの王国を蹂躙したのだろう。
「大王、ここを突破すれば、いよいよ第二城壁ですぞ」
傍らのモナカが拳を握る。
「第二城壁にたどり着けば、他のルドーが出てきます。どうするおつもりですか」
俺は腕を組んだ。
「確かにそうだな。シャトレーゼに言わせれば、あのルドーはこれまでの約三倍の戦闘能力を持つ、言わばルドー改とでも言うべき存在だが、敵側にはまだ五体ものルドー兄弟が残されている。一対五ともなれば、さすがに歯が立つまい」
「その戦力差を、どうやって埋めるかですぞ……」
俺の隣でモナカも腕を組んで考え始めた。
「ねぇ、ソータロー」
口を開いたのはビスコだ。
「あのルドーって巨人、前は大きなハンマーを振りかざしてたけど、今は使ってないのね」
「ああ、そうだな」
俺は裏コマンドを呼び出して、ルドー改の兵装を検めた。
「以前は槌をメイン装備にしていたんだが、両手武器は攻撃回数で劣るからな。シャトレーゼが兵装をメリケンサックに変更したんだ」
俺の言葉にモナカが頷いてみせた。
「確かに、わざわざ重たい槌を使わずとも、あの太い両腕から繰り出されるパンチは脅威ですぞ」
「だったら、倍じゃないの?」
「えっ?」
ビスコが何を言っているのか理解できずに、俺は聞き返した。
「何が倍だって?」
「だから、ハンマーで一回殴るところを、両手が使えるなら二回殴れるじゃん。ということは、戦闘能力が三倍かける攻撃回数が二倍だから……」
ビスコは両手を使って計算をし始めた。
「おまえは何を言ってるんだ。そんなバッファローマンに立ち向かった時のウォーズマンみたいなトンデモ理論が通用するか」
「なるほど、三×二=六倍か!」
後ろの方で聞いていたバハラティが突然大声を出した。
「……そうよ、六倍よ!」
ようやく計算が終わったビスコが嬉しそうに声を上げる。
「いや、だからさ……」
「えっ?六倍ですと?六倍なら、勝てるではありませぬか。どうなんですか、シャトレーゼ殿」
モナカが入ってきて話がややこしくなってきた。
「勝てるかですって?あたしのルドー改が、あんなもっさりしたアップデート前のドン亀どもに遅れをとるわけがないですわ。さぁ、行くわよルドー改!」
テンションが上がり切ったシャトレーゼは、ルドー改に進撃を命じた。フレッシュゴーレムは再び雄叫びを上げると、王国軍を蹴散らしてその場を突破する。
「あ……おい……」
俺の言葉は誰も聞いていなかった。
※※
「まさか、こんな結末を迎えようとは……」
シャトレーゼが愕然とした表情で呟いた。
「ああ、俺も想像だにできなかったぜ」
俺は言うと、花崗岩を積み上げ作られた第二城壁にそっと触れた。ひんやりと冷たい岩の感触を確かめながら、目の前に広がった光景を眺める。
王族や、上級家臣たちの屋敷で埋め尽くされた、第二城壁の内側。
その中心には、国王が座する宮殿が見える。
「本土決戦兵器がこのタイミングで停止するとは、ヴィシュラ王国軍も間が悪いとしか言いようがないな」
そう言うと、俺は第二城壁脇で、ホセ・メンドーサとフルラウンド打ち合った矢吹丈のように俯き座り込むルドー兄弟たちを見た。
シャトレーゼが俺の隣で頷く。
「たまたまサービスメンテナンスに入ったらしいですよ。一時間は停止しています」
そして俺の方を見上げた。
「ルドー兄弟がいないのなら、もはや我らを止められるものは降りません。このまま宮殿まで進撃しますか?」
「いや……」
俺はかぶりを振った。
「宮殿にいる国王以下、旧王家の面々は俺のことを狂おしいまでに憎んでいる。正面切って会いに行って、アンゴルモア・チャレンジ杯の中止を宣言しろと迫っても、ひと悶着起きるに決まっている」
傍らのシャトレーゼが首を傾げる。
「しかし、こちらにはルドー改と、七神将の一人モナカ・ヤーゼンスキーがいるのですぞ。脅せば言うことを聞かせられるのではないでしょうか」
「嫌な予感がするんだ……」
俺は宮殿に目をやった。蒼の騎士団とやらがどれほどの実力を持っているかは未知数だが、時空を歪ませてまで俺を葬り去ろうとしているのだとしたら、あの宮殿で罠を張っている可能性は高い。ノコノコ近づいていけば、危険な目にあう気がしていた。
「だから俺が目指しているのは宮殿ではない。王妃がいる、塔の方なんだ」
その言葉を聞いたシャトレーゼが、目を細めて宮殿から離れた位置に立つ象牙の塔を見た。
「前王の妻……」
「そうだ」
かつて宰相ソリスを狂わせ、クーデターを起こさせた傾国の美女。
前王が死んだ今も、かの女性は未だ王族でありアンゴルモア・チャレンジ杯の中止を宣言する権限を持っている。
「私は……気に入りませぬ」
シャトレーゼはつぶやくように言った。
無理もない。
王妃は生粋の王族ではない。美貌を見そめられて異民族から輿入れしたからだ。シャトレーゼもかつては異民族の女王という立場であったが、ヴィシュラ王国に敗北し、自らに呪いをかけて不死者の王に成り果てた。
互いに似た境遇でありながら、かたや王族として象牙の塔に住まう女と、化け物に成り果てた女。
運命とは、ほんの少しの別れ道で人の境遇を大きく変えるのだ。
俺はふと、高坂ソータローのことを思った。
こいつにはどんな分かれ道があったのだろうか。
「大王」
考えにふける俺に、モナカが話しかけてきた。
「象牙の塔に行くのでしたら、お覚悟を」
「……どういう意味だ?」
「王妃は手ごわいですぞ」
俺はその意味を理解しあぐねて、眉をひそめた。
つづく