そしていよいよ進撃の巨人
俺は夢を見ていた。
繰り返し現れたのは、ほの青く輝く甲冑に身を包んだ騎士たちの姿だった。
これが、蒼の騎士団か。
俺は夢の中でそう考えた。
実物を目にした記憶は無かったが、想像していたような姿格好をしていた。それぞれが蒼の神器と呼ばれる武器を手にしている。宇宙で唯一、邪神を傷つけることができる武器だ。それは剣の姿をしていたり、槍の外見をしていたりしていた。
「邪神オーよ」
一団の中の一人が、俺に向かって呼びかけた。
「お前を見つけた。お前を追い詰めた。お前を時空の狭間に捕らえた。やがて我らはお前の場所へとたどり着く。そしてお前を殺す」
「いや、無理だな」
夢の中で俺は言い返していた。
「やれるもんならやってみろ。俺は邪神オーだ。お前らみたいな雑魚が束になってかかってきても、傷一つつけられん。俺はチートな邪神、この宇宙で至高の存在なんだ」
自分の意思で発した言葉ではない。
だが、いかにも俺が言いそうな台詞だった。
蒼の騎士団が激昂するのが分かった。
「お前の無法を許すわけにはいかない」
騎士の構える剣の切っ先が、俺の方を向いた。
「お前の圧倒的な強さが、この世界の秩序を乱している。お前の限度を超えた魔力が、人々の平穏を脅かしている」
「当たり前だ、俺はチートな邪神なのだからな」
「チートは、違法だ」
「えっ?」
「ゲームバランスを著しく崩し、真っ当に取り組んでいるプレイヤー全般に迷惑をかけることになる。お前の行為は、運営に通報する必要がある」
「う、運営?……ちょっ、何言ってるんすか?」
「お前のアカウントをBANする」
「アカウントをBANって……いやいや、オンゲじゃねーんだから」
「お前のアカウントをBANする」
「だ、だからさ……」
「お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。お前のアカウントをBANする。垢バンする。垢バンする。垢バンする。垢バンする。垢バンする。……」
※※
俺は汗びっしょりになって飛び起きた。
夢だと自覚しているのに、こんなに恐ろしい思いをするとは思わなかった。
闇の中で、大きく息をつく。
俺は蒼の騎士団に囲まれているのではなく、エムベブの屋敷で購入した伸縮自在テントの中で横たわっていたのだった。
「起きてしまわれましたか、大王」
テントの入口から、中を覗き込む顔があった。見れば、1/1マスターグレード・モデルの魔導人形である漆黒の葬儀人モナカ・ヤーゼンスキーがこちらを覗き込んでいる。
「……俺の見張りについてくれてたのか、モナカ。休めばいいものを。落っこちて、またバラバラになられても叶わないからな」
あの後、俺たちはモナカを元の体に戻すことに成功した。何のことはない、そもそもバハラティの数え間違いであり、最初からビスの数は足りていたのだ。
「休めと言われても、人形は眠りませぬぞ、大王」
「そうだったな。人間はどうしても寝なくちゃもたないのが厄介だ」
「しかし、睡眠は格別の快楽とも聞いています」
俺は首を傾げた。
「まぁ……それはそうかも知れないな」
「将来、人間になった暁には、ふかふかの布団にくるまって、思う存分ゴロゴロするのがボクの夢なのですぞ」
「ふーん……」
「いつか大王との約束を果たし、その時を迎えるのが楽しみです」
「えっ?」
俺は目を見開いた。
「約束?」
「そうですぞ、大王がボクを人間にしてくれるという例の契約です。その日のために、ボクは師匠であるヤーブロー師の亡骸を大事にお守りしているのですから」
「えっ?契約?つか、亡骸??ええっ?何それ、ヤーブロー師ってすでに死んでんの?」
モナカは目をパチクリさせた。
「大王、お忘れですか?アンゴルモア・チャレンジ杯に飽きた大王がこっそりと宮殿を離れようとした明け方に、背後から襲い掛かったヤーブロー師を瞬殺したのは大王ですぞ」
「背後からって……何だよそれ。もしかして、隙をついて俺を殺そうとしたってことか?」
「はい。しかしさすが大王は全てお見通しで、振り返り様のナックルアローでヤーブロー師を一撃KOしてしまったのです」
「そうか、俺が殺してたのか……ってことは、もしかしてモナカ、お前のあの棺」
「はい、ヤーブロー師の棺桶ですぞ」
「えっ?じゃあ、あれって死体が入ってんの?マジ気持ち悪いんですけど」
「棺は死体を入れるものですぞ。そもそもボクは師の死体を運ぶために葬儀人に転職したわけだし……」
モナカが唇を尖らせる。
「何か、色々あり過ぎて頭の中の整理が追い付かんな……」
「いえ、大王はボクとの契約さえ覚えていてくれればいいのです。」
そう言ってモナカはにっこりとほほ笑んだ。
だが微笑み返した俺の顔は引きつっていた。相変わらず邪神の頃の記憶は不鮮明で、モナカとどんな契約を交わしたかさっぱり覚えていないからだった。
※※
夜が明けた。
「こんな感じでどうでしょうか」
シャトレーゼが腕を振るうと、その動きに呼応してルドーが鎚を振り下ろした。
凄まじい地響き。
「うわあ、すげえな」
俺は感嘆を漏らす。
「これはいったい何なの。どうやってルドーを操ってるの?」
「蛇の毒によって動作停止の状態になったルドーに接続し、魂魄領域を書き換えたのです。今やこのフレッシュ・ゴーレムは私の操り人形となりました」
そう言ってシャトレーゼは艶然と微笑んだ。
「マジか。……つか、そんなことができるんなら、俺が襲われてる時にやってくれよ」
「何を言いますか、大王」
シャトレーゼがかぶりを振った。
「起動中の魂魄にはアクセスできません。あの蛇が単なる生物学的な毒では無く、呪文構成を書き換えてしまう特別な魔毒を持っていたからこそ、ルドーを乗っ取ることができたのです」
「そうか。何だか後付けで考えた設定のような気もするが」
「まぁ、バトル系のお話って大抵そういう感じですから。お気になさらないことですわ」
俺は釈然としない思いを抱いたまま、準備を進めるパーティーの面々を見て回った。バハラティはシャトレーゼからもらったハーブで何度目かの瀕死状態から復活し、弓の手入れをしている。
モナカは棺桶に鎖を巻きつけ、引っ張るための準備中だ。
そしてビスコが、セクシーなラバースーツ姿で俺の前に立ちふさがった。
「ねぇ、ソータロー」
「何だビスコ」
「あたしたち、後どれくらいで家に帰れるのかしら」
「またそれかよ」
こっちの方が知りたいわ、と言いかけて俺は言葉を飲んだ。何と言ってもビスコは単なる女子高生であり、この剣と魔法が支配するヴィシュラ王国に適応するのが難しいのだろう。
邪神に似合わぬ人情を発揮して、うんうんと頷く。
「まぁ、気持ちはわかるよビスコ。ホームシックになってるんだろう?」
「違う」
ビスコは腕を組み、鼻息も荒く俺に詰め寄る。
「時間が無いのよ。タイムリミットが迫ってるわ」
「タイムリミット……?」
ビスコが何を言っているのか、まるで理解できなかった。タイムリミットとは何だ。俺は、高坂ソータローは前の世界でも何かに追われていると言うのだろうか。
「あたしの勘じゃ、残りせいぜい三日ってところね」
「三日?三日じゃあ……」
第二城壁を突破し、ヴィシュラ王国の中枢へ潜入し、アンゴルモア・チャレンジ杯の終焉を宣言させ、俺たちの身の安全を確保した上で王都のどこかに隠れてる蒼の騎士とやらをふん捕まえて、ボッコボコにして時空結合を解除させるのは……」
難しいな。そう言おうとした時。
どおぉーーん。
と音がして、ルドーが歩き始めた。
その肩にはシャトレーゼが腰かけている。
「さぁ、参りましょう大王」
「えっ?」
「このルドーを用いて、第二城壁を突破します」
「いや、あのさ。ルドー兄弟は六つ子だから、そいつと同じのが後五体も待ち受けてるんだよね。一対五じゃ勝てっこないでしょ」
「アップデートしました」
「……そいつを?」
「そもそもの設計がかなりイケてない感じで、動作がもっさりしていたんですが、駆動系の呪文を見直したことで機動力が大幅に上がりました。従来の三倍のパワーとスピードを発揮します」
「悪かったな、イケてなくて」
「雑魚とは違うのだよ、雑魚とは。行きますよ、大王」
「ちょっ、ちょっと待てよ!」
シャトレーゼは自分の仕事に酔いしれているのか、イケイケな雰囲気でルドーを進行させる。パーティの面々が慌ててその後を追った。
従来の三倍のパワーとスピードって言うけど、それでも一対五の戦力差は覆せてないけどね!
俺は内心そう考えながら、列の最後をよたよたと駆けて行った。
つづく