ルドー兄弟との契約
「ルドー兄弟を倒すって、本気なんですか?大王」
「ああ、本気と書いてマジと読んでくれ。七神将だったあいつらは俺を裏切り、ヴィシュラ旧王家の側についたようだ。お仕置きをしてやる必要がある」
「四メートルちょっとあるんですよ」
「えっ?」
シャトレーゼが身をよじって、暖炉の上に飾ってあった手鏡を手にした。魔力のかかったその鏡は、指で触れることによって映像を呼び出すことができる代物だった。
「大王、もしかしてルドー兄弟の設定をお忘れですか?」
「あ、いや、その何ていうか、もしかした彼らの名前以外はあんまり覚えてないかも知れないね」
「ルドー兄弟は、六つ子の死体型魔人形ですよ」
シャトレーゼが画面をタップすると、鏡にフォトライブラリが表示された。魔力で誰かの視野をキャプチャしたのであろうそれら画像の中に、街を闊歩する虚ろな表情の巨人が映っていた。
「大王がどこからか拾ってきた百八つもの死体をくっつけて、六体の死体型魔人形を作ったんです。それはもう趣味の悪い造形で、途方もない怪力で、王国中の人々を恐怖のどん底に叩きこんだんですよ」
「そうなの?」
「結果的にルドー兄弟はたった六人でヴィシュラ王国軍を壊滅させたのです。感情を持たず、痛みも感じない彼らは横一列に並んで進撃し、弓や小銃を山ほど浴びながらも一切ひるまず、次から次へと兵士たちを襲って殺戮を繰り返しました。大王は高笑いしながらその様子を見ていただけなんです」
「何よその進撃の巨人みたいな光景……」
「王都守護隊三千人が、数時間で壊滅しました。ルドー兄弟はそれほどの戦闘力を持っています。魔力を失った大王がどのようにして立ち向かうというのですか?」
「り、立体機動装置があれば……」
「ちょっと、何を言ってるかわかりませんね」
俺はため息をついてシャトレーゼの鏡を見た。次から次へと、俺はどうしてこうも自らにハードルを課してしまうのだろう。そんなに危険な怪物を生み出したのなら、何か安全装置を付けておけばいいものを。
安全装置?
俺ははたと膝を打った。
「ルドー兄弟が魔人形だと言うのなら、奴らを操る方法があるはずだ。それを思い出せば、倒すどころか味方に付けることだってできる」
「そうですね」
シャトレーゼは冷たい声で言った。
「では思い出してください、その方法を」
俺は無言でうなずいた。そうだな、そういうことだ。
「……それが思い出せないから、困っているんだもんな」
※※
「ねえ、身長が四メートルもあるんなら、むしろこっちが小さすぎて見えないんじゃないの?」
ビスコはそう言うと、勢いこんで言った。
「後ろに回って、ローキックばーんって蹴ったら、がくーって膝をつくでしょ?そしたらさ……」
俺はビスコの言葉を遮るように口を開いた。
「頭下がったところを、膝蹴りでドーン、だろ?武井壮じゃねえんだ、そんなにうまくいくかよ……」
その言い方が馬鹿にしているように聞こえたのだろう(実際、馬鹿にしていたけど)、ビスコが鼻息をふーふー言わせながら食ってかかってきた。
「何よ、あたしだってバカはバカなりに真面目に考えてんの。商業高校だからって馬鹿にしないでよね。本当に、ソータローはいっつもそうなんだから」
「……わ、悪かったな」
「だいたい、契約のことを忘れないでよね。ちゃんと守ってもらわないと困るんだから」
「ん?」
その時、ふたりのいさかいをたしなめるように、リビングのテーブルの上にシャトレーゼがお茶を置いた。部屋の片隅で弓の手入れをしていたバハラティも、呆れたような表情でこちらを見ている。
「痴話げんかもいいんだがな、ご両人。あのルドー兄弟と一戦交えようってんなら、もうちょっと真面目に作戦練ろうぜ」
「それはハーブティーよ。二人とも、飲んで気持ちを落ち着けて」
俺はかぶりを振った。みんながいっぺんに喋るもんだから、何だか大事な何かを思い出しかけていたのに、それが立ち消えてしまいそうになる。
「ちょっと待って、今誰かがいいことを言った。その言葉のおかげで、凄く大事なことを思い出しかけてる」
「何のこと?」
「ビスコ、お前さっき何て言った?」
「だから、ローキックばーんって蹴ったら……」
「違う、その後のセリフだ」
「痴話げんかもいいんだがな、ご両人……」
「馬鹿、それはバハラティのセリフだ」
俺たちの漫才が無限に続くのを危惧したのだろう。お茶を啜っていたシャトレーゼが肩をすくめた。
「契約のことかしら?その娘は、契約を守ってねと言った」
「それだよ」
俺は手を打った。
「契約だ。俺はルドー兄弟を使役するために、契約を結んでいるはずなんだ。かつては百八つの死体だった奴らが、魔人形として動くためのかりそめの命、それを与えたのは俺だ。そのために、ルドー兄弟と契約を結んだはずなんだ」
「魔人形の契約……」
何やら思い当たる節があるのだろう。シャトレーゼが腕を組んで考え始めた。
「それはとても古い魔術のはずです。今、ヴィシュラ王国にそんな古代魔法を操れる魔術師は現存していないと思いますが……」
「だが現に俺はルドー兄弟を使役している。どこかでその魔法の使い手を見つけ出したはずなんだ」
「……わかりました。調べてみましょう」
言うと、シャトレーゼはリビングのサイドボードの上から分厚い魔導書を手に取った。黄色い表紙で、見間違えでなければタウンページと書かれている。
「えーっと、かきこく……この行ね。古代魔術……っと」
「本気かシャトレーゼ。そんなやり方で見つけられる気がしないんだが」
「あった!」
「えっ?」
「意外とご近所ですね」
シャトレーゼはパタンとタウンページを閉じた。
「さぁ、行きましょう」
つづく