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【5.現実と信実】

  【5、現実と信実】

 

  変えようのない現実は、共通の信実があれば変える事ができるのか、分からない。それでも、みんなの共通の同じ過去の記憶があれば、現実には起こらなかった事だとしても実際には起こらなかった事だとしても、現実の出来事は書き換えられるのだろうか?

 

 【1】

 

 「…ところで、君は誰? 鍵はすべてかけてあったはずだけど?」

 昴は陸に視線を向けて、質問する。

 「私は、陸。愁から頼まれて、君の行動を監視するように言われた使い魔ね。私にとっては鍵に意味がない」

 「使い魔・・・本当に存在していたんだな」

 「魔法やこの人の存在を容認しているのに、使い魔で驚く事がある?」

 「そう言われると、驚く事がないな」

 昴は苦笑を浮かべていた。

 「それで、今後どうするのか決まっているの?」

 「そうだな、特に決まってはいない。だけど、彼らに会ってみようかと思っている」

 「……そう」

 何か言いたそうな表情を陸は浮かべたが、何も言わずに背を向けた。

 「愁にはまた報告しておくけど、また、今日のところは帰るけど・・・何かあったらすぐに来るから」

 「分かった」

 音もなく静かに陸が姿を消した場所には、何も残っていない。

 『彼女は、愁の使い魔だったのか』

 「知らなかったのか?」

 『今知ったばかりだ。使い魔を創る事などしそうにない性格なのにな。何があったんだ?』

 「俺も何があったのか、知らない」

 『そうか』

 「なぁ、何時までお前は、存在できる?」

 『分からないな、そもそも同じ存在が同じ時代に存在している事が矛盾している出来事だ。何時まで存在できるのかも、俺自身の記憶がどうなるのかも分からない。それでもいいと思った。違う過去にする事ができるのなら』

 「…そうだな」

 冷蔵庫に向かい、冷えている飲み物をコップに注いで飲む。喉を通っていく冷たい感触がして、心地いい。

  

 陸は愁の住んでいるマンションの部屋に入って寝室に向かう。目覚めた彼は上半身だけ身体を起こしていて、視線を陸に向けた。

 「どうだった?」

 「大丈夫だった、って言いたいところだけど…昴が未来の自分と契約しているっていうややこしい状況になっている。未来の彼はもう神野と会っていて…」

 「そうか、遅かったのか」

 愁は悔しそうに表情を歪める。

 「……」

 遅くはなかったのよと言いかけて、陸は何も言う事ができない。愁が時に冷たいと感じる対処を神野がする事を知っていて、防ぐ事ができなかった事を後悔しているのに、中途半端な慰めは求められていないと知っているからだ。

 「優しい夢を見ていた気がする。どうして、ルカに対して懐かく感じる事があったのかも思い出せたような…」

 「覚えていないの?」

 「詳細には覚えてない」

 「……そう」

 「それで、昴はどうした?」

 「それは…」

 陸は昴が見せていた夢の事を愁に話した。

 

 【2】

 

 「……そういう風に考えていたのか」

 苦笑を浮かべてベッドから起きあがると、窓のカーテンを開けてまだ夜明け前の空を見上げる。

 「今の世界は、みんなの認識が変わってしまえば現実がどうであれ、信実だとみんなが認識してしまえば変える事ができるものだからな」

 「そうなの?」

  陸がそう質問すると、愁は何も言わないまま頷く。

 「その気になれば、歴史さえ変えられる。過去に起こった事は変えられない事でも、都合のいい部分だけ編集してしまえば、後に産まれてきた者たちには今のところ確かめる手段が存在していない」

 「……それは、嫌な感じがする。都合の悪い部分はすべてなかった事にされてしまったら、存在しなかったのと同じじゃない」

 「そうだな、俺も同じように思う。そこまでじゃなくても、情報を操作しようとする可能性がある彼らに対しても、正直なところ、好感をもてない」

 「そうね」

 陸は彼らの事を頭に思い浮かべながら、嫌そうに表情に歪めた。

 全体の事を考えていれば、細かいところまでのすべての意見を組む事も難しく、時にはパニックにならないように、情報に対して操作を行う必要性がある事を完全に否定したいわけではない。それでも、自分にはその考えがあわないのだと感じている心の奥にある感情に、嘘をつくことはできないでいた。

 「だが、今回の昴の選択は好感がもてる気がする」

 「私も好感がもてそう」

 やっている事の本質は、関係者全員の認識を操作している事に代わりがない。それも理由が自分のためであり、他人のためではない行動だとしても、結果として、関係者にとってプラスになるからだろうか。

 「結局、昴は彼女に振り向いてもらえなかったけど仕方がない。彼女の前にシェノスが現れなかったとしても、あの時に、彼女が彼をちゃんとみて選ばなかったから変えられない。もし、彼が自分の内面を磨けば、振り向かせる事ができたかのしれないが、他の事に原因を求めている限りは無理だ」

 「随分と偉そうに、恋愛について語るのね。ま、でも、他の事に原因を求めている限り、変えられないっていうところは同感」

 「陸ならそう言うと思っていた」

 「それより、この後、愁はどうするの?」

 「未来の昴のためにできる方法を探す。それまで、監視していてくれ」

 「了解」

 そう言うと、陸は静かに姿を消す。

 愁は嫌そうにため息を吐き出すと、仕方なくという様子で携帯電話である番号を画面に出してかけると、しばらくしてかけた相手が応答する。待ち合わせのやりとりを手短に行うと電話を切った。

 

  

 【3】

 

 執事喫茶「ブルー・ムーン」で銀髪の青年と黒髪の青年の2人が向かい合って座った。待ち合わせをしていた2人は、視線をあわせるなりトゲトゲしい空気を出している。

 「お前から連絡をとってくるなんて珍しい」

 「連絡をとらないといけない理由ができたから、仕方なくだ」

 「……」

 この2人が仲が悪いと聞いた事があるし、前にも2人のツーショットを見かけた事があるものの、喫茶店での険悪な雰囲気は出すのをやめてほしい。笑みを浮かべて、ルカはメニューをさりげなく差し出す。

 「旦那様方、お飲物はお決まりですか?」

 「「ブレンドコーヒー、ブラックで」」

 「かしこまりました。少々お待ちください、ただ今準備して参ります」

 営業スマイルを浮かべると、俺は厨房に向かうと背中から2人の些細な言い争う小声が聞こえてくる。

 「2人がここに来ているのは、あの件に関してですか?」

 「そうかもしれないな」

 厨房で珈琲を淹れる作業をしながら、黒崎の質問に答える。

 あの件に関して、今朝、愁からメールで連絡がきていた事を思い出す。昴の居場所が昨日分かった事、そして、彼がなぜ今回の出来事を起こしたのかと、過去世で全員の過去がつながっている現実、夢が夢ではなかったという事も判明した。

 「…あの夢って、関係者全員が見たんだよな?」

 「えぇ、そのはずですね。ま、元々、ずっと奥の方に記憶は眠っているだけですけど、昨日の夢で詳細を思い出したはずです」

 「……そうだよな」

 夢を見てよかった事もあるし、納得できる部分もいろいろある。しかし、アレはない。彼女との過去世の縁は、確かにあったのはいいとして、俺の過去世がしでかした事を考えると気まずい。

 「知ってよかったのか、悪かったのか・・・微妙な感じですね」

 「そうだな」

 黒崎と俺はそれぞれの飲み物をいれ終わると、それぞれ担当している席に向かう。厨房から戻ると、夏美が白崎の接客をしているところだった。

 

 【4】

 

 俺と黒崎は、お互いに気まずい思いを抱いている相手を視界にとらえて、少しの間に微妙な空気を出しているのを感じ、それぞれの席に向かった。

 「お待たせ致しました。ブレンドコーヒーでございます」

 「あぁ、ありがとう」

 「ありがとう」

 「……何か?」

 「いや、なんでもない」

 「また、何かありましたらお呼びください」

 愁に見られている気配を感じてそう言うと、浅いため息を吐き出されてしまう。特に心当たりがなく、そのまま後ろに控えた。

 「気まずいのか?」

 からかい口調で神野に言われると、愁は嫌な表情を浮かべる。

 「分かっていて言っているだろ? 性格が相変わらず悪いな」

 「俺が性格悪いのは、小さい頃からだ。もう変わらないだろう」

 「変える気もないくせに、よく言う」

 仲が悪くて険悪な空気を出しているのに、ぽんぽん会話が続くのを見ていると、本当は2人は似たもの同だからこそ仲が悪いのかもしれないと感じた。

 「……そうだな、それは自分でもそう」

 神野は苦笑を浮かべて、珈琲に口をつけた。

 「昴の事だが、本当に方法があれしかないのか?」

 「あれしかないな、俺も何回も考えた結果だ。愁もそれしか考えつかなかったから、俺に連絡してきたのだろう?他に何か別の方法があるのかもしれないと思ったから」

 「……」

 愁は何も言わずに神野を睨みつける。何も言う事ができなくなっているくらいに、神野の言っている事が図星だったのだろう。そして、その方法が嫌な方法なのだという事をさしていそうだ。

 愁も珈琲に口をつけ、神野は口を開く。

 「昴には悪いが、未来の彼には消えてもらうしかない」

 「それは、どういう意味ですか?」

 消えてもらうという言葉の響きが、怖いものに感じて質問する。

 「未来の時間に帰ってもらうという意味ですか、それとも・・・存在そのものを完全に無くしてしまうという意味ですか?」

 答えにくい事を質問されたかのように、愁は俺から視線をそらした。彼が口にしたくない方の答えという事は、後者の可能性が高い。嫌な予感がして、眉をひそめる。

 「どうなのですか?」

 「……」

 答えないという事実が、もう答えを示している空気がした。黒崎も耳から聞こえてくる声だけ、こちらに意識を向けている気配がした。

 

 【5】

 

 「そうだ、彼には消えてもらわないといけない。彼が最初に契約したモノの暴走を確実に止める為には、最初からアレを呼び出していなかった事にした方が一番リスクが少ない。一つの命より、大勢の命を選ばなければいけない事もある」

 「……最初に契約して、呼び出したモノって何ですか?」

 黒崎が接客を終えてこちらに近づくと、小声で言う。

 「それは……」

 呼び出したモノが何か聞いたとしても、他に方法は存在しなかったのだろうかと探したくなる。しかし、誰かが言っていた事で覚えている事がある。同じ時代の同じ場所に同じ人物がいる事が矛盾であり、絶対に自分に会ってはいけない、と。もし、その矛盾が長時間かかってしまっている場合、どうなるのかなんて誰も知らない。

 「居場所はもう知っているのだろう?」

 神野は珈琲を飲み終わると、席を立つ。

 「あぁ、今、陸が監視している。もしもの時にはすぐに止められるようになっているし、もうここに来ている」

 愁も珈琲を飲み終わると、席を立った。窓に視線を向けると、ちょうど銀髪の少年が歩いているのが見えた。

 

 『自分が消えなくてはいけなくなる事は、自覚していた。人に慈悲などかけもしない。己の欲望を満たす事だけに悦びを感じている、闇に生きる魔物か悪魔だ、アレは。いや、もう自分自身がそんな存在になっている』

 「こんな時に言うのはあってないかもしれないけど、ありがとう。俺がお前みたいにならなくてすむ」

 『お礼はいいよ、そのために、俺がここに来ているから』

 「そうか」

 俺達はお互いに苦笑を浮かべた。

 『それに、もうすぐ神野が来る』

 「じゃあ、もうすぐお別れだな」

 『そうなるな』

 「逃げよう、とは思わないのか?」

 『何処に? 俺が戻るべき時代はもう存在していない、現代にも居続ける事はできない。それに、宛もなくただ長生きするのも、もう終わりにしてもいいと感じていた』

 「……黙って聞いていると、随分と投げやりな考えだね」

 音もなく静かに陸は姿を見せ、嫌そうな表情を浮かべている。 

 『長すぎる時間は、苦痛でしかない。それは、君も感じている事だろう?自分の時間がとまったまま周囲の人が年老いていき、やがては死んでいく』

 「……」

 使い魔になったという彼女は、人よりも長生きしていく。いつか大切な人が死んでいく光景も見てしまう事もあるだろう。

 「私は、いいの。自分で選んだ事だから、後悔はしない」

 『どうして、そこまで強くなれる?』

 「自分の中での大切な存在がある限り、どんなに暗くなっても進むべき方向を見失わない」

 『そうか、意志が強いな』

 執事喫茶のドアが開き2人が出てくるのを見て、彼は諦めたかのように目を閉じた。

 

 【6】

 

 「そちらから出向いてくれるとは思わなかった」

 『特に、君は怖い。逃げたとしても、無駄に終わっただろう?』

 「まぁ、その気になれば、「組織」の人材を使っていかようにも」

 「おい、神野!」

 「だが、しばらく様子を見ていてその必要もなさそうだしな。お前が消えれば、今回は見逃そう」

 『おかしな事を言うな、消えろと言ったり見逃すと言ったり…』

 「消えろというのは、そのままの意味だ。君には存在を消してもらうしかない。この世界の過去にも未来にも存在する事ができないのなら、仕方ない、あちら側に消えてもらう。きっと、どうにかしてくれるだろう。殺す事はしないが、こことは違う世界に行ってもらう」

 『……あの世界か』

 「あぁ、そして、その後に関わった全員の記憶を消す」

 言いづらそうに愁が口を開く。

 「この世界で、君の存在を知らなかった事にするという意味だ」

 俺は、過去を変える事をしてしまった。昴の力が弱くてコントロールする事が難しいもので、「力」は再び身体をなくす事を阻止するために、昴を飲み込んだ。今という過去を変え、今の時代にいる事はできない。

 今のところは、そんな事にならないようにしているから、歪みは存在していない。だが、やがて、この時代にいないはずの俺の存在が、歪みを産む事になる。産まるはずだった無数の命が産まず、たくさんの人の運命を狂わす事になる。未来に帰ったところで、過ごした時間は存在していない。別の時間が存在しているだけだ。歪みをなくすためには、この世界から完全に消えてしまうしかない。 

 『分かった』

 「残念だったわね、まだ生きていく事になって」

 『残念なのに、安堵している自分がいるのが不思議だ』

 苦笑を浮かべている彼に、陸は哀しさと嬉しさがある複雑な表情を浮かべた。

 『俺は、結局、何ができたのだろう?』

 「あんたは…」

 愁と神野の2人は、何か小声で呪文を唱え始める。

 周囲の人がこの光景を見えなくなるように、認識しなくなる呪文と、あの世界への扉を開ける呪文を唱えている。

 そのせいで、ルカが何を言ってくれているのかを聞き取る事ができなかった。

 

 最初は自分の後悔をやり直すために、自分の好きだった人に振り向いてほしくて、過去を変えようとした。その結果、俺は人ではない存在になっていて、長時間を生きた。

 

 あの時、召還しなければよかったという後悔が強くなっていく。

 

 過去に戻り、関係者全員に、本人が知らない間にトラウマになっている部分の「夢」を見せた。後悔している部分の夢を見せ、偽りだとしても過去を変えられたと、未来は変えられると見せたかったのかもしれない。

 

 そこまで、考えたところで意識が次第に薄れていった。

  きっと、目が覚めたら俺はこの世界には居なくなっていて、あの世界に居る事だろう。

  

 【7】

 

 「それ、どうしたの?」

 「いつのまにか、書けていた」

 ルカは夏美に聞かれて、書きかけのノートを見せる。

 タイトルが、Dark in the Right「闇の中の光」という詩。何かどうしても伝えたい事があったはずで、夢中で書いていたら、本人にもほとんど記憶がないほどに勝手にペンが動いていて、気がついたらできあがっていた。手書きで書いたのもあって、詩のいたるところに書き直しが何カ所もあって、書きなぐり感情がちらばったキャンパスのようだ。

 数ページそれが続いた後に、ようやく清書してようやく姿を現すその瞬間が、とても好きだ。

 誰に伝えたい事があったのか・・・それだけは、どうしても思い出す事ができない。

 「他のみんなにも見せる予定」

 「珍しいわね、いつもしないのに」

 「…どうしてだろうな。そうした方がいいような気がして」

 「ふーん」

 「なぁ」

 「何?」

 「…俺を選んでくれて、ありがとう」

 「なっ、いきなり、何を言い出すのよ…」

 動揺している彼女を見て、笑みを浮かべる。

 「ずっと前から、そう思っていた」

  

 日本語は、面白い。主語が違うだけで、性別や個性まで表現できる方法がある。だから、主張する事ができる。好きになる性や、表現したい自分を思うがまま、表現しようと思えばできる。

 体の性は同じ女性でも「俺」は、夏美が好きだ。

 いろいろ自分でも、心がどちらなのか決めようとしたけれど、どれも違う気がして、辿りついたのが、「俺は、俺だ」という答えだった。

 

 そんな俺を選んでくれて、嬉しかった。

 

 そして、その言葉を今伝えようと思えたきっかけは、おぼろげにしか覚えていない彼が見せてくれた「夢」のおかげだ。

 いつも言われている事だが、誰かにとって光となる存在がいるのなら、今がたとえ先が見えない不安な闇しか待っていないとしても、進んでいける希望がもてる。

 現実だけが、唯一絶対のものではなく、信実が大切になる時もあるのかもしれない。

 

 「私も、あの時、ルカと出会えてよかった」

 

 消されたはずの記憶が、心のどこかで残っているかのように。

 記憶は、何も変わりようがないと感じてしまうが、自分の心次第で変える事のできる曖昧なものなのかもしれない。どんなにまぶしいと思える光の中にも闇があるように、暗くて冷たい闇の中には光があった。


 

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