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【1】-【8】


 【1】


 喫茶店でのバイト後に夏美と俺の自宅に帰宅すると、なぜか、美咲が玄関に立っていた。そして、夏美の姉の梨江も美咲の隣に立っているのを見て、浅くため息を吐き出す。

 「俺の記憶だと、今日、特に会う約束をしていなかったような気がする」

 「うん、してないけど…来ちゃった♪」

 「来ちゃった♪」

 いつもよりも高いテンションの2人を見ると、頬が少し赤くなっているし、手に持っているのは見るからに飲みかけの酒瓶が一本。これらの状況から推測されるのは、「酔った勢いで押しかけてきた」と、そんなところだろうか。

 「……美咲の家で飲んだら?」

 美咲の家は、俺の家の隣にある。

 「そうしていたけど、つまらなくなったから、待っていた」

 「そうそう」

 「……」

 俺と同じ20代前半の君たち、人を何だと思っている?と思いはしても顔には出さないでおいた。こういう状況になるのは、いつもの事だ。だが、一言付け加えるとするなら、なぜ、自分の恋人のところへ連絡しないのかと言いたくなる。

 「居心地がいいしね、分かる気がする」

 後ろから夏美がそう言うのを聞きながら、ドアの鍵を開けた。

 「はいはい…おつまみはないから」

 「何かあるでしょ?」

 「じゃ、冷蔵庫の中を探ろう♪」

 靴を脱いで台所に入って来るなり、すぐに冷蔵庫を探っている2人を見ながら、上着をかけにハンガーを人数分取りに行く。戻って来ると、3人の視線とぶつかった。

 「…本当に何もなかった。野菜の影もなかった」

 「だから、ないって言っただろ」

 心配そうな口調でそう言う夏美に苦笑を浮かべて、ハンガーに上着をかけていく。ハンガーにかけ終ると、冷蔵庫の冷凍スペースを開けて冷凍食品を取り出す。

 「あるのは、こっちだから」

 加工済みの食品ではなく、家でまとめて下ゆでまで処理をした冷凍食品が容器に入れてあるのを食卓に置くとゴトンという重い音がした。

 「すごい」

 「もう、料理作るのが面倒になってきて」

 ふっと遠い目をして、鍋を持って来ると水を適当に注ぐ。とりあえず、食材を放り込むと、味付けはどうしようかとそのあたりが入っているストッカーの引き出しを開ける。コンソメが見えたので、それを入れると蓋をする。

 「いい主夫になりそうでよかったね、夏美」

 「なっ…なんで、そんな事言うの?」

 「んー…そう思ったから。夏美、料理苦手だし」

 「確かに苦手だけど、何も今言わなくてもいいじゃない」

 「俺も料理は苦手だけどね。苦手だから、いかに手間をかけないか考えていたら、こうなった」

 「そうよね、最初の頃は食べる分量も鍋のサイズも考えずに、買ってきた食材をそのまま全部を入れようとしていたから」

 美咲は、食器棚から人数分のコップを出して、持って来ていた酒を一口飲みながら、ニヤニヤしながらそう言った。

 「そう言う美咲だって、買い物の時にあれもこれもって買ったじゃないか」小声で小さな反撃をすると、美咲と夏美の両方に睨まれてしまう。

 「そういえば、2人って大学生の頃からの友達付き合いって聞いているけど、どんな感じの出会いだったの?」

 「あ、それ、私も聞きたい。どんな感じの大学生だったの?」

 「「どんなって、フツウ?」」

 息もぴったりに同じ言葉を口にしていた。

 あの頃の記憶はあまり思い出したくはない。嫌な事だけだったわけでもなく、楽しかった事もあるが、いろいろと深く沈んでいた時期だったと思う。お互いに言葉を濁したくなるのは、そんなところからだ。

 「あ、でも…あの頃からルカはこんなだった」

 「こんなってなんだよ、ひどいな」

 「んー…でもあの頃のルカは、心がオープンじゃなかった気がする」

 「それは、美咲も同じだろ?」

 「そうね、オープンじゃなかったかもしれない。この人、プレイボーイみたいな事ばっかり言うけど、本当に思っている事しか口にしないし、本当に欲しい人しか恋愛対象にならない面倒な人だから」

 「……。」

 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべている美咲と、俺に疑いの視線を夏美は向けてくる。

 「美咲とは、何もないから。今後も絶対」

 「それは、こっちのセリフ。ルカとは何も起こりようがないから」

 「お互いの第一印象は、似たもの同士だったしな」

 「ふーん、過去の事気になるなぁ」

 「じゃあ、これができたら、つまみに食べながら飲みながら話そうか」

 鍋の中の具材に火がとおったところで鍋の火を止めた。

 

 【2】

 

 鍋の中にある具材をコンソメで味付けしただけという手抜きをしているのに、シンプルな味付けでも優しい味がする。

 人数分のお皿によそって、それぞれの前に置いたポトフをつまみながら、お酒の入ったグラスを飲む。

 「美咲にとって、俺の第一印象ってどんなだった?」

 「自分とよく似た雰囲気の人、だったかな。なんとなく空気がそう感じさせていた」

 「俺も、同じだ」

 「そうだったの?」

 「だから、話してみたくなった」

 「ふーん、そうだったのか。私もそう思っていた」

 「……二人とも仲がいいですね」

 不機嫌そうな声を夏美が出したところで、梨江が追い打ちをかける。

 「そんなに気があったのに、何もないのはどうして?」

 「それは…」

 「気があったからよ」

 そこから、過去の話を話始めた。

 

 大学生の校舎内を空き時間のために歩いていると、数人の知り合いの中で笑っているのに笑顔ではない美咲の姿を見かけた。前から気になってはいたものの、話かける機会がなかった。

 そのまま視線で追っていると、軽く手を振って数人の知り合いと別れたのを見かけた。

 「はぁ」

 浅くため息を吐くと、そのまま人気のあまりない場所に向かっているようだった。なぜか、この時の俺には行き先が分かったような気がした。ペットボトルを片手にそのままそこに向かって行く。

 「ここ、静かで落ち着きますよね」

 「……そうですね」

 話しかけると、最初は驚いた表情で俺に視線を合わせていたが、すぐに視線をそらされる。

 あまり、会話をする気がないと空気が語っていた。その空気を見て、持ってきていたペットボトルを開けて、一口飲む。

 なぜか、話しかけてしまったのは、ただ、自分と似た空気を感じたからだ。心からの笑顔を浮かべていない、心から他人と打ち解けようとしていない、そうする事で自分を守っているような、そんな感じがするからだ。

 「新山さんから、そんな事聞くのは意外ですね」

 「そんな事?」

 「いつも楽しそうに笑って友達に囲まれているのに、静かだと落ち着くなんて言葉を聞くとは思わなかった」

 「そう? 人がたくさんいる場所は苦手だよ」

 「……私も、苦手です」

 「よかったら、連絡先交換しない? もっと、話してみたいと思っていた」

 「……そうですね、私も話してみたいと思っていたところです。いいですよ」

 その後、連絡先を交換して、何回か会うようになった。

 その時に感じたのは、やっぱり、彼女は何か傷を持っていて、深く人と仲良くなろうとしていない事が分かった。

 その理由も、後日、話してくれた。

 要約すると失恋して人の死を身近で経験したのだという。だから、他人と距離をとるようになったのだという。笑うところは笑い、話題を合わせるべきところは、合わせているという付き合い。

 

 「あの頃は、まだ、ルカの事を明るい性格の遊び人のような人だと思っていたのよね。いきなり連絡先を聞いて来るし」

 「遊び人はひどいな」

 「それでも、明るい表情の仮面をかぶっているけど、心のどこかで深く人と関わろうとしていない、距離をとろうとしているのは感じていたかな。心の中に大切な存在がいるのは感じたから、安心して打ち解けようと思った。……意外と、可愛い性格なのも知ったしね♪」

 「まぁ、俺も美咲に心の中にいる存在にはうすうす気づいたから、安心して打ち解けられたよ。考えている事も似ていたから、傍に居ても心地よかった。だから、美咲とそういう事になる事はない」

 と断言したのに、夏美は疑いの視線をジトっと俺に向けてくる。

 「まぁ、言葉ではなんとでも言えるよねぇ」

 「梨江さん、余計な事を言わないでください」

 「……分かった。とりあえず、信じる」

 そう言うと、夏美はお酒を一口飲む。

 「好きな人がいるのに、付き合うって事は絶対ルカにはできない事だから。それと、その性格はそのままなのも分かったから」

 「よかった、分かってもらえて」

 俺も一口お酒を飲む。久しぶりに飲むお酒の味は、ほんのりと苦くて喉の奥を熱くする。

 前からこんな明るい性格だったわけでもない。

 振り向かせたい人が居て、いわゆる恋愛テクニック関連の本をたくさん読んだ結果、そこに書かれている事を実践していくうちに、こんな性格になってしまっただけだ。

 その人を振り向かせる事ができないのなら、周囲の人とはある程度の距離を置こうと思ったのも事実だ。たぶん、夏美が思っているほど、俺は純粋でもない計算しているズルイ人間だと思うと、苦笑を浮かべてしまった。

 

 

 

 

 【3】

 

 「じゃあ、また今度」

 飲み物も底をつき、おつまみもなくなった頃に解散する事になり、みんなを玄関で3人を見送りに来た。

 「うん、またねー♪」

 「おやすみ」

 「おやすみなさい」

 玄関の鍵を閉めると、はぁーとため息を吐き出す。

 少し飲み過ぎてしまったようで、酔いがまわってきているみたいだ。飲み過ぎてしまった時の、気持ちの悪いぐわんぐわんする浮遊感がして、近くの壁に手をついた。

 後片付けは終わっているので、今日はもう寝るだけにしておこう。

 そう思い、寝室に向かって歩き始めた時だった。

 玄関のチャイムが鳴って、出るとまだ夏美が立っている。

 「忘れ物でもした?」

 「してない」

 「どうし…」

 どうしたのか、と質問しようとして途中で遮られてしまう。気が付くと彼女はぎゅっと正面から抱きついてきた。

 「今日、泊まっていく」

 「家族に連絡は?」

 「さっき、電話でしておいたから大丈夫」

 「……分かった。とりあえず、上がって」

 部屋に上がってもらってから、そのままリビングに来てもらう。なんとなくテレビをつけておく。

 「布団、しいてくるから待てて」

 うんと頷くのを見て、そのまま布団をしきに寝室に向かう。

 押し入れから布団を出して、並べてしく。毛布と掛布団もついでにしいておき、部屋着を持ってそのままリビングに戻る。

 「はい、これ。よかったら着替えに使って」

 「ありがとう」

 部屋着を渡し、お風呂場に視線を向ける。

 「先にお風呂入るなら準備してくるけど、どうする?」

 「じゃあ、シャワーだけ使おうかな」

 「そう、先どうぞ」

 夏美が先にシャワーを浴びに行っている間に、冷たい水をコップに入れて飲む。まだ、秋で肌寒い季節ではあるけど、お酒を飲んで熱くなっている体には心地よく沁みていく感覚がする。

 テレビを見るともなし眺めていると、いつのまにか時間が経っていたようで、声をかけられた。

 「お先に」

 「俺も浴びてくる」

 そのまま風呂場に移動して、脱衣所で衣類を籠に簡単にたたんで置く。

 洗面所に自分の顔が写り込み、苦笑を浮かべた。

 風呂場に行きシャワーを浴び、髪をバスタオルで拭きながら戻ってくると、夏美は本棚を背にして座り、テレビを見ながらうとうとしていた。

 「そこで寝ると、風邪ひくから起きてください」

 肩を軽くポンポンと叩いて声をかけると、目を開けて俺を見る。

 「起きているから、先に髪乾かしてきたら?」

 「そうだね」

 ドライヤーで髪を乾かし終わって、夏美の方に振り向くと正面から見つめられてしまった。

 「ん?」

 「どんな過去を送って来たのか、話してほしい」

 「えーっと…何を、話せばいいのかな?」

 俺は、困った表情を浮かべる。

 過去の話なら、さっき話したばかりじゃないか?

 「そうね…どんな人と付き合ったのか?とか、高校の頃の話とか聞いた事がないから」

 「……。」

 ずいぶんと、直球で質問してくるねと思いながら、視線をそらす。

 そういえば、話した事もなかったと思った。にっこりと笑みを浮かべて夏美が言うのを見て、誤魔化すとか逃げるとかが無理そうだと感じて、浅くため息を吐き出す。

 「高校の頃はどんな感じだったの?」

 「どんなって…フツウの高校生活をしていた。特に話す事もないぐらいフツウの高校生で、部活動に入部して活動していましたよ」

 「何の部活に入部していたの?」

 「文学部で文章作品を制作していた。ノートに手書きで書く作業が懐かしいな」

 ふと懐かしそうに目を細める。

 「作詩する事を始めたのも高校からなら、カラオケに行くようになったのも高校からかな。それまで、歌を人前で歌う事すら苦手でカラオケに行くのも最初の頃は苦手だった」

 「ルカが、カラオケが苦手って今だと信じられない」

 「そうだよね、自分でもそう思うよ」

 「その頃の作品、読ませてもらえる?」

 「……。ごめん、残してない。携帯のメールで本体に記録する形だったから、他の媒体に記録していなくて」

 「そうなの…残念、読みたかったなぁ」

 俺は苦笑を浮かべる。

 作品が残していないのは、本当なのだが、あの作品を夏美に読ませるわけにいかない。作品の大部分が恋愛で、その当時好きな相手に向けて書いた作品だから。

 「……前に付き合った人はどんな人だったの?」

 ゴホっとむせて咳が出てしまう。

 「一言でいうと猫みたいな人?」

 「私に聞かれても知らないわよ」

 「夜型で、小柄で、気分屋で雰囲気が猫みたいな人」

 「ふーん」

 夏美は不機嫌そうな声を出すと、コップに珈琲を淹れて飲みながら戻って来た。

 「そういうタイプが好きなの?」

 「んー…さぁ、好きになった人がタイプになるから、決まっているわけではないかな。今、好きなのは夏美だから、自分でも甘い言葉だなって感じても伝えたい言葉で言うのは、夏美だけ、なんだけど」

 「……。」

 俺がそう言うと、夏美は頬を赤くして視線をそらした。

 「ほら、もう夜も遅いし、今日はもう寝よう」

 夏美と寝室に向かい、それぞれの布団の中にもぐりこむと、もう寝る事にした。

 

 高校の頃の事を聞かれた後に眠りについたからだろう。

 その日の夢は、懐かしい夢を見た。

 起きた時に詳細は覚えていなかったものの、ひどく懐かしくて切なくなる夢だった事は覚えていた。

 

 

 

 

 

 【4】

 

 なぜ、浅く人を関わろうとするのか?を夏美は質問したいのだろうなと感じていたけど、話したくなかった。

 その高校生当時、俺には、浅く付き合う事を心がけなければ、適度な人間関係の距離をとる事ができずに、人を傷つけた事がある。

 だから、浅く付き合う事にしていた。

 理由は簡単、一人に関わる時間が短くなれば、適度な距離になるのだろうと友達付き合いをしていた。

 甘い言葉と言われる言葉は、今、伝えなければこの先、何時伝えられるのか分からないから伝えるようにしていただけなのだが…。

 「……このホスト」

 「ここでは、執事ですが?」

 「絶対、違う」

 執事喫茶で小声での夏美との会話に、黒崎雫は呆れたため息を吐きながら、出発されたお嬢様のテーブルの片付けをしている。

 「ホストっていうのは、雫みたいなのを言う」

 「いきなり、人を巻き込まないでください」

 「雫のどこがホストなのよ?」

 「それは、恋人と過ごしている時の言動から…」

 「すべて貴方からの影響ですけど」

 「……。」

 何も言い返す事ができなくなってしまって、俺は視線をそらしてしまう。

 「そういえば、マスター、なんでルカをスカウトしたの?」

 マスターは、閉店作業の在庫確認の作業をしていた手を動かしながら、会話に参加してくる。

 「ルカの時は、会った時にぱっと目について惹かれて、つい、スカウトしていましたね」

 「つい、でスカウトしたの?」

 「えぇ、自分の直感は信じられると思っているので」

 マスターは微笑みを浮かべている。

 きっちりとした髪型のマスターは、仕事から離れてプライベートでも、執事のような空気をまとっている。実生活で「執事」をしているのは、全国探しても彼ぐらいだろう。

 「あの時、他のスタッフを増やそうかと思っていたところで、道端にルカが居たので声をかけました。ルカは覚えていますか?」

 「もちろん、覚えていますよ」

 あの時は、自分の仕事をどうしようかと悩んでいた時だったから、ちょうどいいと思った。道端でのスカウトで怪しくないか?と思いはしたが、それでもやってみたい気持ちが強かった。

 「雨が降っていた。いきなり降ってきて、空を見上げたら晴れてきていて変な天気だった」

 「喫茶店の入り口で傘がなくて困っていましたね」

 「すぐに雨がやみそうな気配もあったから、なおさら困った」

 「……じゃあ、その雨がなかったら、ココで働く事もなかったのね。そう考えると、なんか不思議な雨だね」

 「そうだよね、マスターのスカウトの後ですぐやんだから、印象に残っている」

 まるで、あの時降った雨は、マスターに出会うためだと思えるから記憶に残っていた。

 昔から、こういう不思議な予感のする出来事は時々起っていた。予知とまではいかないまでも、この先こうなるという予感が当たる事もあった。小さいところでは、ここに行ったら、あの人が居そうだなと思っているとその場所に本当に居たりする事もある。

 科学で説明できない力が、この世の中にあり働いているかのようだ。

 「その時、ルカがここに来ることを選択してなかったら、私は、ルカに会ってなかったのですね。そう考えてみると不思議ですね」

 「雫と出会ってなかったかもしれないのか…それは出会えてよかった」

 「私は、複雑です。……はい、かしこまりました。ただいま伺います」

 俺は苦笑を浮かべて、あいているテーブルの上を拭き掃除をして、閉店作業の続きに戻った。横目で夏美に視線を向けると、彼女もあいているテーブルの上を拭き掃除している。

 そう、夏美と再会した事も不思議だ。

 人とは、浅く付き合おうとしていた俺が、また、メジャーデビューをしえてテレビに映る芸能人になった彼女に再会して付き合う事も、何か、最初からこうなるように仕組まれていたのかと思う程に、ずっといくつかの接点がある事も。

 カランと喫茶店のドアが開く音がして、視線を向けると愁ともう一人の女性が隣に立っていた。

 愁は、銀髪の青年で香月事務所の所長だ。

 事務所の主な仕事内容は、法律にひっかからない範囲でのなんでも屋だ。現に、美咲は黒崎雫に恋人のフリをしてほしいとの依頼をし、それがきっかけで2人は知り合っている。

 愁とマスターは、昔からの知り合いだと聞いた事がある。黒崎がこの執事喫茶でバイトをするようになったのも、愁が黒崎にすすめたのがきっかけ。

 「……閉店ギリギリに悪い」

 愁がそう言うと、女性は店内を見回した。従業員を順番に見てから最後に俺に視線をあわせると、過去の知り合いを見つけた表情を浮かべる。眉を不機嫌そうによせて、ため息を吐きだした。

 「うちの仕事で、人探しをしているのだが…どうもココに居る奴っぽくて、確認しに来てもらった。すぐ、終わるから。それで、やっぱりアレか?」

 「はい、あの人です。なぜだか分からないけど、そうだって感じます」

 「……なるほど」

 「人違いではないですか?俺には身に覚えがありません」

 「あ、そうだな…君には身に覚えはないかもしれないが…君の過去世には身に覚えがある、君の前の人だ」

 「……。」

 状況が把握できていない。把握しようとするのを脳が放棄してしまっているのだろう。それでも、この展開はマズイと本能が覚えているのか、血の気がひいて冷や汗が流れ、まるで、浮気が見つかった人のような感覚になる。

 「前世と言われる事が多いだろう。依頼人は、どうも前世での知り合いを探しているという依頼で、他のところはでは、そんな事は引き受ける事ができないと断れたようだが…すぐに見つかってよかった」

 「どうやって、俺だと?」

 「いろんな方法で、このお店だと場所が分かってから依頼人に確認してもらった。条件にもよるが、依頼人の方が会った瞬間に分かるからな」

 「そうですね、分かるものなのですね。……また日をあらためて来ます」

 「そうだな、そうした方がいい。では、俺たちはもう帰る」

 「……かしこまりました。お嬢様の帰宅、お待ちしております」

 いつもの決まり文句と礼をして見送った。

 

 彼女は、なんの為に俺を探していたのだろうか?

 

 【5】

 

 「お帰りなさいませ、お嬢様」

 いつもの決まり文句を言って、礼をする。

 「……」

 先日、俺を探しに来たお嬢様は、不思議そうな表情を浮かべていた。

 席に案内して椅子をひくと、戸惑いながらも席に座った。

 「貴方がこういう仕事をしているのが、不思議です。こんな礼儀正しく他人に接客する仕事を選ぶようには、思えなくて」

 「その頃の記憶はありませんが、今は人に対して誠実に接するように心がけています。ちなみに、その頃の俺はどんな感じでしたか?」

 「人に従うのではなくて、むしろ、人を従わせるような性格で、どちらかというと、遊び人です。浅く付き合うように壁があったように感じました。瞳の奥に何か大切な物を隠しているようで、傍に居ても寂しかったです」

 彼女は俺の顔を正面から見つめる。

 「今の貴方も同じ瞳をしています」

 「……。お飲み物は如何いたしましょうか?」

 「そうやって、答えたくない時に、困った表情を浮かべる癖も変わっていませんね」

 「そうなのかもしれません」

 「飲み物は、貴方のおすすめにしてもいいですか?」

 「かしこまりました。少々お待ちください」

 いつもと同じに浅く礼をして、彼女の席を離れて厨房に向かう。

 正面から見られて、ほぼ初対面の人に浅く付き合うようにしている事が伝わってしまったのは、初めてだ。

 それこそ何回か会っている人ならば、見抜かれてしまってもおかしくはない。ポーカーフェイスが下手だから、なおさら伝わってしまう。

 「……他人の気持ちを読むのに敏感な人なのかもしれないですね」

 黒崎雫は厨房で紅茶を淹れる作業をしながら、ちらっと俺に視線を向ける。

 「遊び人っていうのも、壁もなんとなくは感じていました。何を怖がっているのですか?」

 「俺も、分からない」

 紅茶の茶葉が置いてあるストッカーの前で、どの茶葉にしようか迷った。

 「忘れている事に意味があるなら、『今の俺が乗り越えろ』という事だろ」

 アールグレイを選ぶ事にして、ティーポットに茶葉を入れてお湯を注ぐ。蓋をするとカチャっと陶器の小さなぶつかった音がした。

 「そうですね…原因が何か分からないより、分かっている方が乗り越えられるかもしれません」

 「そうだな」

 俺は、苦笑を浮かべた。

 原因が分かっていれば、対処しやすい。何か分からない不明の事は必要以上に人を不安にさせる事も過去に味わっている。それは、分かっているのだが……。

 「それなら、どうして、人は過去の記憶をもたないで産まれて、乗り越えなければならない事があるのだろうな」

 「……」

 黒崎は何も言わずに、苦笑を浮かべる。

 「きっと、その記憶が邪魔になるから、じゃないですか。過去の出来事に縛れてしまって、先に進む事ができなくなるから。すべての事を鮮明に色あせる事無く覚えている事ほど辛いものがないのかもしれません」

 「邪魔になるか」

 どんなにいい思い出だったとしても、覚え続けているという事は先に進むのには邪魔になるのだろうか?

 「たしかに、あの頃の感情が時間と共にうすれてしまってよかったと感じる事はある」

 茶葉の蒸らし時間が終わって、俺はお嬢様の居るテーブルに向かった。

 

 【6】

 

 「お待たせいたしました。アールグレイでございます」

 「ありがとう」

 彼女は、コップを持ち上げ一口飲む。

 「美味しい」

 「それはよかったです。紅茶はお好きできたか?」

 「えぇ、珈琲よりも紅茶の方が好きです」

 その言葉を聞いて、俺は安堵のため息を吐き出す。

 「……私は、もう一度、貴方に会いたかっただけです。恨みがあったわけではなくて…いえ、まったく、ないと言えば嘘になります。だけど、嫌いにはなれなかった相手に会いたくて」

 「その頃の記憶をもっていなくても、ですか?」

 「はい、記憶を持っていなかった方がよかったので、助かりました。もし、持っていたら…一回でいいから殴らせろと言いたくなりますから」

 「……」

 すがすがしい笑顔を浮かべている彼女を見て、血の気がざっとひくのを感じる。一体、過去世の俺は何をしでかした?

 「過去の事は、過去の事です。思い出さない方がいいですよ」

 「左様でございますか」

 「左様でございます」

 「ちなみに、過去はあなたのどんな関係でしたか?」

 「んー…そうですね。一回でいいから殴らせろと言いたくなるような遊び人の身に覚えがある関係…です」

 「……それは、失礼致しました」

 俺は苦笑を浮かべた。

 「それでも、憎めないほど魅力的でした。それも、コレをもらうまでは知りませんでしたけど」

 そう言って、彼女は右手にはめられたシルバーの指輪を見せてくれた。

 銀の唐草模様が描かれている指輪で、その指輪を見ていると心の奥が熱くなる懐かしさを感じる。何が懐かしいと思わせるのか分からないまま、気が付いたら、泣きそうになっている自分に驚く。

 「この指輪を、ある人にもらってからです。夢で見るようになったのは」

 「誰からもらいましたか?」

 「確か、昴という青年です」

 「昴という青年ですか…気になる指輪だったもので、つい訊いてしまいました」

 夢で過去世や魂に関する記憶が現れてしまう事はある。

 夢にすでに亡くなっている人が出てくるのも、寝ている間に魂同士が会っているからだと昔、聞いた事がある。元からの素質で、敏感な人で視えてしまう人もいる。

 指輪をもらった時から夢に見たり過去世の記憶が蘇ったりするというのは、少しおかしい気がする。偶然にしては、出来過ぎている気がする。まるで、その指輪がきっかけで過去世の記憶が蘇ってしまったかのように感じてしまう。

 「ちなみに、その青年はどこで知り会いましたか?」

 「たまたま買い物に出ていたシルバーアクセサリーのお店で、声をかけられて薦められた指輪を買った時に、少し話をして知り合ったの」

 「そうでしたか…シルバーアクセサリーが好きなので、ぜひ今度お店を教えていただけると嬉しいです」

 「えぇ、いいですよ。今度、そのアクセサリーのお店カードも持って来ます」

 「楽しみにしています」

 俺は、営業スマイルを浮かべた。

  

 彼女をここに連れて来たのは、愁だから、彼に訊けば何か分かるのかもしれない。

 最寄り駅から徒歩10分ほどのとあるビルの一室に、香月事務所は存在している。

 入り口のドアに香月事務所と白い文字で書かれている他には、一階の階段付近にある総合案内板に「香月事務所:ご相談、なんでも伺います」と書かれているだけで、何の事務所なのか分かりづらい。

 平日にできた休日に、香月事務所に俺は向かい入り口で三回ぐらい住所とビルを確認するが、ここで間違いがなさそうだ。 

 「…これは、またずいぶんと」

 「分かりづらいでしょ?特に宣伝もしてないし、広告も出していない。一体家賃をどうやって払っているのか、私も疑問です」

 「お客さん、来るの?」

 黒崎雫に視線を向ける。

 指輪の事が気になり、香月事務所で働いている黒崎雫と待ち合わせしていた。

 「ほとんど、私は会っていません。ほぼ依頼はメールで受付をしてから、受けるかどうかを決め、外で打ち合わせをする手順を踏んでいます。一応事務所のHPがあるので、そこで本当に必要な人だけが依頼して来ます。後は、うち関連の仕事だと判断した時に、独断で仕事します」

 「そういう感じなのか」

 HPが主な仕事のやりとりに使うツールという事らしい。

 3階にある香月事務所のドアを開けると、窓際でパソコン作業をしながら珈琲を飲んでいる愁が視線を向けてくる。

 「もう、そんな時間か。そこのテレビの前にあるソファーで座って待っていてもらっていいか?もう少しかかるから」

 「分かりました。お邪魔します」

 人数分のデスクがある他には無駄な物が何一つとして存在していない、綺麗な印象をうける部屋だ。部屋の中心に、少し大きいテレビが置いてあり、黒いソファーも置いてある。どうやら、少し話をする時には、ここでするらしい。

 「飲み物は、紅茶と珈琲、緑茶の中から選べますがどうしますか?」

 「では、珈琲をいただきます」

 赤髪のショートカットで落ち着いた雰囲気の女性に、飲み物を頼むと会釈をして飲み物をいれに向かった。

 「あ、黒崎はこの書類をそこに持って行ってくれ」

 「分かりました」

 数枚の書類を黒崎が持ってくる。

 そこには、シルバーアクセサリーの指輪画像とお店・そして、銀髪の男性の青年の写真が載っている。指輪以外にもアクセサリー等、他の物も難点か載っているようだった。

 「事務所でも、何件か同じような依頼があって、この人の事が気になって調べ始めたところです」

 苦笑を黒崎は浮かべて、ソファーに座った。

 「本来なら、自分の素質や意志とは関係なく、詳細な記憶を蘇らせる事は、ダメです。本人にとって毒になる場合が多いから。それでも、この人は、相手に了承をとる事なくやってしまっている事に、ある組織から調査を依頼されています」

 「うし!終わった…その辺の事は俺が話すから、もう少し待っていてくれ」

 んーと腕を伸ばして背伸びすると、愁は疲れていた目を軽く閉じた。

 「お待たせしました」

 先ほどの女性は、珈琲を淹れた紙コップにプラスチックの容器で覆ったコップを二個置いた。

 「実は、私もその人にアクセサリーを薦められた事があったのです」

 「お待たせ、まずは質問をどうぞ?」

 愁は、ソファーの近くに来ると座り、意地の悪い笑みを浮かべた。

 

 【7】

 

 「それでは、基本的な事から…記憶を持たずに産まれてくるのはなぜですか?」

 愁は、ふむと頷くと話始めた。 

 「人間は肉体に宿っているという時点で、有限だという話から始めよう。パソコンやUSB等の記録媒体も記憶できる容量は決まっている。物質である以上、限りなく記憶をしていく事が無理だ。だが、その記憶はとっておく必要がある。記憶の持ち主である本人以外に、他の魂にとっても必要な経験がつまっている」

 そこまで話して、彼はコップに視線を落とした。

 「記憶する媒体(肉体・魂)が有限である以上、亡くなる時にそれまでの記憶を記録する必要がある。でも、それは脳には無理だ。場合によっては、記憶できる限界までいくと、容量オーバーになり、寿命がつきてしまう事もあり得る。魂にも記録できる範囲が決まっている事と、生きていく上で記憶が邪魔になるという点でアウト。ならば、どこに記憶する?」

 「俺がパソコンで記録するなら、外付けのハードディスクやより大きいところにデータを保存しますね」

 「そう、他の大きい媒体に記録する。その大きい媒体は、他の人間の記憶がすべて記録されている。そこにアクセスするには、ロックを解除する必要がある。ロックを解除するには、本人の『キー』で解除する事できるが、基本的に、本人の記憶は本人でないと呼び出す事ができない」

 「どうして、ですか? 前世の記憶を呼び出す人も居るのに」

 俺がそう言うと、愁は苦笑を浮かべた。

 「基本的には、そうだと言った。何事にも例外は存在している。本人がその事を望む事、それが、視る事の条件だ。考えてもみろ、そこかしこで記憶がダダ漏れになって、過去世の感情にひきずられてしまったら、世の中が混乱する」

 「…あまり、考えたくないですね」

 縁があるというのは、良い縁ばかりではない。

 悪縁でもある可能性がある。

 精神的な負荷がかかり過ぎてしまっては、上手くいくものも上手くまわらなくなってしまうだろう。あまり、穏やかな精神状態とは言えなくなる可能性がある。

 それも人数が多数ともなれば、尚更だ。

 「そうだろ?人数が多くなると、後で厄介な事になる。そう判断した『組織』幹部は、判断が正しいと俺も思う。今回の調査に協力するのは、その事が理由だ」

 少し冷めてしまった珈琲を、一口飲む。冷えた珈琲は、苦みが少しだけましたように感じた。

 「今回の人捜しの依頼がきっかけで、話を聞きに来るとは思わなかったな。偶然に指輪を買い、偶然に記憶が蘇ってしまった。すべては、ただの偶然であり、何も理由なんて存在していないと考えてもよかったのではないか?」

 コップをテーブルの上に置くと、俺は苦笑を浮かべる。

 「なんとなく、直感で違うと思ったもので」

 特別な確証があったわけではない。ふと、心の中で「そうか」と感じた事に関しては、当たる事が多い。今までの経験からそう感じる事もある。それは、科学的なら、脳の思考の中で得られた結果に過ぎない。

 「そうか…君は、力があるのかもしれないな」

 「そうですか…って、え?今、なんて?」

 「力があるのかもしれないなって」

 「力?」

 「あぁ、他の言葉で言い換えると第六感かな」

 「……」

 耳に言葉として聞こえてきた言葉の意味を、俺の脳が理解するのに少し時間がかかってしまう。

 「私は、ルカが気づいてなかった事が不思議です」

 黒崎は、涼しい顔で珈琲を飲む。

 「他に、訊きたい事はあるかな?」

 「今のところは、特にありません。この書類をもらっても構いませんか?」

 「あぁ、構わない。黒崎、俺のパソコンにデータが入っているから、もう一部印刷をして来てくれ」

 「分かりました」

 「それで、どうするつもりだ?」

 「この人に会ってみようと思います。その後の事はまだ考えていませんが、どういう目的でそういう事をしているのか、気になります」

 「コイツに会う時には、黒崎を一緒に連れて行ってくれ。黒崎、会ったら俺に報告してくれ」

 「分かりました。はい、どうぞ」

 「ありがとう」

 渡された書類を、自分のバックの中にしまった。

 

 【8】 

 

 夢の出来事は、現実ではない。

 では、まったく非現実なのかといえば、場合によっては真実の場合がある。過去の出来事、亡くなった人と会う、現実にいる人が夢の中に出てくる。これらの事は、魂が実際にした事を夢として視ている事もある。

 

 「夢、か…」

 見慣れた天井を見上げて、半分眠っている意識が覚醒するのに時間がかかってしまう。懐かしい夢を、最近、連続で視ている。詳細は何も覚えていないのに、目覚めた時のむなしさは時間が経過する事にましていく。あの女性がバイト先に現れる頃から、同じ夢を繰り返し見ているのかもしれない。

 「一体、何の夢だ?」

 眠気がさえてしまっているが、窓の外はまだ暗い。

 枕元にある時計を確認すると、まだ夜中の二時半になった頃だ。

 俺は起き出すと、珈琲をコップに淹れて飲む。

 今日は昴に会い行く日なので、懐かしい夢を見たのかもしれない。寝る前に気になっているものがあると、それを夢に見やすいと言う。だから、その夢は、過去世に関するものかもしれないなと苦笑を浮かべた。

 昴に会いに行くのは、午前中になっている。その間、まだ、だいぶ時間がある。ノートパソコンを開き起動させて、店長に頼まれていたHPのファイルを開き作業を開始する。物を創作する時は夜の方がはかどってしまうのだろうか。気がつけば、朝陽が差し込む時刻になってしまっていた。

 

 待ち合わせしている時刻よりも早めに到着してしまい、近くに石で作られているベンチに腰を降ろす。昼間の太陽は、暖かくて眩しく感じた。

 「早いですね。もう来ているとは思いませんでした」

 「夜中に目が覚めて、眠れなくて」

 待ち合わせ時刻の15分前、微妙に早い時刻だ。早くても10分前ぐらいに到着できていればいい。

 「このショッピングモールにあるパワーストーンのお店だろ?」

 「シフトが入っている事は、愁が確認しているので間違いありません」

 「……そうか」

 どうやってシフト確認したのだろうか?と思ったが敢えて訊かない方がよさそうだと判断した。

 平日で昼、開店したばかりで人気の少ないショッピングモールの中を、パワーストーンのお店に向けて歩き始めた。

  

 書類によると昴という青年が居るというお店は、彼が働いている勤務先だった。彼が立ち上げた会社というわけでもなく、アルバイト扱いで勤務している。

 お店の商品を薦めているのか、彼が持ってきていた物を薦めているのか、どちらなのかはまだ調査されておらず不明。

 愁の予想では、恐らくお店の商品に小細工をしている。

 お店で働いているのも、履歴書に書かれた住所や電話番号がデタラメで、お店から先に足取りを辿らせないため。下手に居着いている近所で渡せば、自分にたどり着かれてしまうから。つまり、自分が追われる事を意識し、警戒しての行動している。追われるような事をしている自覚があるとの事だろう。

 

 パワーストーンのお店に到着すると、お店の中を一通り見る。シルバーアクセサリーのヘッド部分や、指輪のパワーストーンは見かけたが、彼女がつけていた指輪に似たようなデザインではない。

 女性用にデザインされているような繊細で細いデザインだけが置いてある。書類の写真に載っているアクセサリーは、太めでどちらいえば男性物に思えるデザインで、この店内であのアクセサリーがある事は不自然に思えた。店内で彼を捜すが、姿を見かけない。

 『彼の対応がよかったので、接客をしてもらいたいのだが昴がいるかと訊ねる』と申し訳なさそうな表情を浮かべた店員が頭を下げる。

 「申し訳ありません、彼は今朝、体調が悪くなったとの事でお休みをいただいております」

 「そうでしたか・・・また、日を改めて伺います」

 店員に軽く会釈をし、お店を離れてから黒崎は携帯電話で愁に今回の様子を報告すると電話を切った。

 「ルカはなぜ、昴に会ってみたいのですか?」

 「ただの偶然に思えなくて、気になったからだ。少しだけ過去世が知りたいとは思うが、詳細に知りたいとは思えないな」

 「その方が正解だと思います。気まずくなってしまいますから、毎回、過去の記憶が出て来て」

 「黒崎の記憶は気になるけどな、一体どんな記憶だったんだか」

 「ルカにだけは話しません」

 「そう言われると、余計気になるな」

 ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべると、黒崎は視線を横にそらしてため息を吐き出す。

 「一言で言うと、他人の好意を利用するずるい人でした。でも、ルカの場合は予想がつきます。絶対に遊び人です」

 「決めつけるのはよくないと思うよ」

 「決めつけているのではありません。事実を述べています」

 「……」

 黒崎にとって、俺は一体どんな存在だ?

 そう思いながら、苦笑を浮かべた。 

 

 電気をつけていない寝室のカーテンを風が揺らす、ベッドに横になっている銀髪の青年は二日酔いでもしているかのように眩しそうに目を細めた。実際、体調が悪いというよりも精神的な面で付加がかかっていて、酔っているかのような感覚がする。

 「まだ、目的を達成していないのに、倒れるわけにはいかない」

 苦笑を浮かべながら、ベッドから見えるテーブルの上に置いてあるアクセサリーに視線を移した。

 そこにあるアクセサリーは、自らが発光しているかのように見える。まだ、術が途中の作品達だ。今のところ術は上手く作用しているのを、視て知っている。人の記憶を覗く事は長い旅をしているような、時間酔いを感じてしまう事を初めて知った。

 「あの人に会うまでは、まだ…」

 そう言うと彼は起き上がり、作成途中のアクセサリーを仕上げるために術を作成し始めた。

 

 喫茶店のバイトに行くまでの間、俺は机に伏している間に眠ってしまっている間、また同じ夢を見た。

 

 夢の中で、俺はまた彼女を泣かせていた。

 容姿は違うのに、自分だと分かった。泣かせてしまっている彼女は、捜しに来た彼女だと直感で分かる。この時の俺は、自分で傷つけておきながら、傷ついていた。

 『信じられない』

 俺は、彼女に酷い事をした。

 彼女の好意を知っていながら、あの人への気持ちを忘れるために利用した。する事は同じ行為なのに、あの人でなければ心が満たされずに空しさだけが残る。むしろ、心の渇きはましている。最初から知っていれば、そんな事をせずに済んだのか。

 『瞳の中にあの人を隠しているのに、どうしてこんな事をしたの?』

 質問に答えられずに黙っていると、今度は彼女が苦笑を浮かべた。

 『ずるい人ね、貴方は』

 俺の心の中にある心情を見透かされている気がした。

 『騙すのなら、最後まで騙して酷い人でいてくれたら、憎めるのに。騙し通す事もできず、変に優しいから憎む事もできなくさせている』

 彼女の事が、嫌いではなくて、むしろ、大切な存在だった。あの人と血がつながっている妹だから、面影を重ねた。

 今視ると本当に最低の事をした。

 『最低ね、きっと天罰がくだるわ』

 『どんな天罰でも、受けるつもりだ』

 一時の気の迷いで傷つけ、泣かせた事が辛かった。

 もう、人を傷つけてしまう事をしたくない。

 心にもない言動は、人を傷つけてしまう。

 彼女の涙を見るのが、心に痛みを与える。

 自分の口から、言わない。聞きたくもない。人とは浅く付き合えば、こんな思いをしなくて済むのなら、浅く付き合ってしまえばいい。行為よりも想いの方が充たされるなら、想いを大切にしたい。

 転生する時、あの人と同じ性別になっていても構わない。

  

 目が覚めると、携帯が鳴っていた。

 出ると夏美からの電話だった。

 声を聞きながら、『あぁ、あの人の声だ』と思った。  

  

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