11.クーデター
幸助がランディへ採取の依頼をした三日後。幸助とランディの姿はイリス、アリス姉妹の店にあった。
「えっ? もう!? それにこんなにたくさん!」
アリスは、テーブルに積まれた薬草に目を丸くする。
幸助がランディに採取依頼をした翌日、アリスがランディたちへ採取してほしい薬草のリストを提示。その二日後には必要量がすべて揃ったと納品に来たのだ。
他の依頼に紛れてこっそりと採取を行うということだったので、もっと時間がかかると幸助は思っていた。しかしわずか二日。しかも「オマケだ」と依頼した量の二倍以上収穫されているものまであった。
「鮮度が命なのに取りすぎた感は否めないんですけど……大丈夫ですか?」
「薬に加工すれば何ヶ月かは持つから大丈夫! お姉ちゃん! 薬草だよ!!」
アリスはカゴを抱えて奥の部屋――姉のイリスがいる調合室へ飛んでいった。
「ランディさん、ありがとうございました」
幸助は改めてランディへ頭を下げる。依頼したのは一ヶ月分程度の原材料だったが、これだけあれば二ヶ月は安心して営業できるだろう。
「いいってことよ。まだ駆け出しのアイツらの練習にもなったからな。で、これからは二月に一度くらい採取させればいいんだな?」
「そのあたりイリスさんに聞いてみましょうか」
ちょうどそのタイミングで、奥の部屋に閉じこもって作業をしていたイリスが幸助たちのもとへやってきた。手には納品されたばかりの薬草が一把、掴まれている。
「コースケ、それに……」
「ら、ランディ……だ」
「そうそう、ランディさん。ありがと。こんなにいっぱい」
「お、おう……」
いつものうっとりとした笑みを湛えると、ランディは恥ずかしそうにイリスから視線を逸らす。何となくランディが積極的に採取依頼をこなす理由が分かった気がする幸助だった。
「で、今後の材料の調達はどうすればいい?」
ランディからの質問に、イリスは人差し指をあごに当てながら考える。
「んー。それはまたこの子たちが寂しくなった時にお願いしたいな」
この子とは、手にしている薬草のことだろう。確かにまだどれだけ捌けるか分からない今、確かにそれが一番だろう。しかしランディは少しだけ寂しそうな表情をしていた。
「わかった。必要な時はいつでも声をかけてくれ」
「それならね、お願いしたいことがあるなぁ」
「おっ!? 何が必要だ? 何でも言ってくれ」
先ほどとは一転。厳つい野郎の顔に大輪の花が咲く。
「えっとね、飛竜の爪とオーガの精巣と肝臓。それに――」
「いらない! それはいらないです! お姉ちゃん、もう何作ろうとしてるの! まずは薬草って話をしたばかりでしょ」
話を黙って聞いていたアリスが大声で会話へ割り込んだ。
「何ってもちろん、あの――」
「あーあーあー! ランディさん。また薬の在庫が少なくなった時によろしくお願いします! はい、お姉ちゃんは鮮度がいいうちに薬草を加工しましょうね」
アリスの反応からして、どうやらまたとんでもない薬を作ろうとしているようである。残念、といった様子でイリスはアリスに背中を押されながら、調合室へと戻っていった。
◇
それから一ヶ月が経過した。
原材料の調達ができるようになり、再びイリスの往診は安定的に行えるようになった。不思議な力と薬草で患者の病気を治す。そんな聖女の存在は、スラムを抜けて一般市民にも広まっている。
幸いなことに、懸念していた薬店組合からの妨害も入っていない。往診依頼のポストだけはまだ幸助の自宅前に設置されているが、幸助の直接的なコンサルティングは既に終了している。
「ねえ、コースケさん。今日はどこにいこっか?」
自宅のダイニングで、紅茶のカップを手にしたサラが甘えるような声で言った。二人は今日、、抱えていたもろもろの案件が一段落したため、久しぶりにゆっくりとできる時間が取れた。
とはいえ明日にはまた新しい仕事があるため、旅行といった数日がかりの休暇を取ることはできない。
「そうだなぁ……家でダラダラするってのも捨てがたいけど……」
幸助はそこまで口にして、最近、あのパスタを食べていないことを思い出す。
「久しぶりに商業街でもブラブラしてみよっか。もちろんお昼はアロルドさんの店で」
「うん! そうしよ!」
というわけで、幸助とサラは久しぶりにアロルドのパスタ亭へ向かうことになった。
その道中のこと。
「あれ? こんなところに」
幸助は足を止めると、とある建物に視線を送る。
この間まで空き店舗だった建物に、新しい薬店ができていた。
薬店はすでに領内には五店舗もあり、人口からすると飽和状態にある。それなにの新規開店をするというのは経営的におかしなことだ。
いったいだれが何の目的で開業したのだろうか。
「ちょっと見てみようか、サラ」
気になった幸助は、サラへそう提案をした。
「うん……」
二人は予定を変更して、できたばかりの店へはいる。木の香りと薬草のにおい、そして見覚えのある顔が二人を迎えた。
「あれ、コースケさんではないですか?」
「えっと……」
すごく見覚えのある顔だ。
しかし名前がすぐには出てこなかった。
「……メディスです。何度かお宅に伺って出資のご相談をさせていただいた」
「ああ!」
幸助は思い出したとばかり手をパチンと打った。確かにそうだった。幸助に薬店出店のための出資話を持ち込んでいた人だ。ただしあの時は非常に怪しい話に感じたため、その話は断っていた。そしてその後のことは特に気にしてもいなかった。
「コースケさんにご協力いただけなかったの残念ですが、資金繰りのめどが立ったため、こうして店を開けることになったのです」
「そうでしたか。開店おめでとうございます」
「はい。ありがとうございます」
おめでとうという言葉を交わしはしたが、双方ともその表情にめでたいという様子はなかった。
領内の薬店は領民からまったく信頼されていないのだ。よってそれぞれの薬店の売上も低空を這っている状態と聞いている。しかも人口に対して五店舗というのも、もともと多すぎた。そんな状況で新たに店を増やすなど、自殺行為と言っても過言ではない。そして同じ商品を扱うなら、領民の暮らしが豊かになるとも思えない。
「メディスさん、今までの五店舗でも飽和してるのに、どうしてまた新規開店を?」
だから幸助は疑問をストレートにぶつけてみた。
「実はですね……」
メディスの口からは、現状の薬店のことや組合のことを憂う言葉が紡がれた。どうやら既存の薬店にも現状を問題視している人はいたということだ。
現状が問題だということは認識をしていた。ただし組合と足並みをそろえないと潰されてしまう。だから仕方なく今まではその方針に従ってきたということだった。
「そこで私がすべてを投げ打って、新しい薬店と組合を作ることにしたのです。しかしここ最近、効く薬が存在するという噂が一気に広がるようになりまして。なんでもコースケさんが全面的にバックアップをされているとか。この流れに乗らない手はない。私の計画では次期尚早だったのですが、思い切って打って出ることにしたのです」
「な、なるほど……」
思いがけず、幸助がイリスの店の経営に関わったことが、メディスの尻を叩いたことになった訳だ。
それにしても、メディスが薬店業界のクーデターを企てていようとは考えてもいなかった幸助。出資話の時に門前払いをせずに、しっかりと話をしておけばイリスの店の改善も楽だったのにと思わずにはいられなかった。
「コースケさん。それならメディスさんにイリスさんの薬を扱ってもらうっていうのはどうかな?」
新しい組合を作るなら、そこを通して薬草を仕入れることもできるだろう。それにメディスの店に薬を卸すことができれば経営は安定する。そしてなにより、領内の人々に良質な薬がいきわたりやすくなる。
「うん。僕もそれがいいと思う。イリスさんにも確認はしないといけませんが、メティスさんはこの話、いかがですか?」
だから幸助はメディスにそう提案をした。
その瞬間、メディスの表情が一気に明るくなった。
「いずれそのお話をしに行こうと思っていたところです!」
◇
それからしばらく経過した。
メディスの店で話をした通り、イリスはメディスの薬店に薬を卸すことになった。往診を幸助の自宅で受け付けるのは廃止し、そのかわりメーカーとして製造に専念することになったかたちだ。それでも、貧しい人々へ向けた、ほぼ無料のようなボランティアは続けている。
そしてメディスは新しい薬店組合を立ち上げた。予想外だったのが、古い組合に所属していた薬店のうち、二店舗が新しい組合に所属してくれた。メディス以外にも薬店業界を憂いていた人はいたということだ。
そしてイリスとの接触の機会を失った冒険者ランディは、涙を流した。しかし、薬草の調達は組合から冒険者ギルドを通して正式に依頼をするとうになったため、こればかりは仕方ない。
何はともあれ、これで薬草の仕入れという不安定要素も排除することができた。
今回も幸助は無事に依頼を完遂することができたのだった。
「「「「かんぱーい!」」」」
というわけで今、幸助たちはアロルドのパスタ亭で恒例の打ち上げを行っている。
テーブルにはサラの父であり店主のアロルドが腕によりをかけた料理が、所狭しと並んでいる。
「いやぁ、それにしてもコースケ達とこうやって乾杯ができるようになるなんてね」
「一時はどうなるかと思いましたけどね。僕も本当に嬉しいですよ」
毎日の生活が立ちいかなくなりそうなくらい追い詰められた姉妹の薬店。
往診が軌道に乗り始めたと思ったら、古い体質の薬店組合に仕入れを妨害された。
あの時は、さすがに領内随一の薬メーカーになれるなど思ってもいなかった。
「というわけでこれ、お礼よ」
そう言ってイリスは革の袋を幸助へ手渡す。
「お礼なんてよかったのに……」
今でも十分、現金で報酬はもらっていた。この案件にかかわってよかったと思える金額だ。
とはいえおしゃれな革袋の中身は猛烈に気になった。だから幸助はそれを受け取ると、恐るおそる袋の中身をのぞき込む。
「…………」
中身は言わずもがなだった。
というよりも、その丸薬は今まで以上に良質な魔力を内包しているようにも感じられた。きっと心と資金にゆとりができて、より良い薬を作ることができたのだろう。幸助はそんな袋をサッと自分のカバンへしまう。
「ま、まあせっかくですし、イリスさんの気持ちってことで頂いておきますね」
「うふふ。早く赤ちゃんの顔、見たいな」
ぶほっ!
幸助は飲みかけたビールを吹き出しそうになったところを、寸でのところでこらえた。
「ゴホッ、ゴホッ」
「もうお姉ちゃん! お母さんでもないんだから何言ってるの!」
むせる幸助にイリスへ突っ込みを入れるアリス。そして顔を赤く染めるサラ。
今日も幸助の周囲は平和そのものだった。
「何って、言葉通り二人で協力して、子――――」
「ほ、ほら、お父さんの料理、冷めないうちに食べよ!」
そんなやりとりで始まった宴会は、夜遅くまで続くのだった。
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