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10.ランクC冒険者、ランディ

本日2話目の更新です。

「相変わらず賑わってるなぁ」


 幸助はとある店に入ると懐かしそうに目を細める。煌々と焚かれた明りに途切れることのない喧騒。幸助がやって来たのは、サラと結婚する前まで定宿にしていた宿屋の一階にある酒場だった。取り立てて名物があるという店でもなかったが、昨今のアヴィーラ伯爵領の好景気をここも享受しているようだ。


 顔なじみだったウェイトレスが幸助に気づき目を見開くが、すぐに笑顔を作る。幸助は軽く頭を下げて挨拶をすると、客席へと視線を移す。


 店内は、多くの冒険者や商人らしき人達で賑わっていた。幸助はその中からお目当ての人を探す。相手は気ままな稼業のため今日いるとは限らない。


 その時、ちょうどジョッキを傾けようとする男と視線が合った。スキンヘッドに厳つい体。そして凶暴な顔のその男は、幸助をギロリとにらむ。しかし幸助はその視線に臆することなく、客席を縫ってその男のもとへ行く。


「久しぶりだな!」


 先に声を上げたのは凶暴な顔をした男だった。睨むような視線から一気に優しい視線へと変わる。とはいえ顔の作り自体は凶悪なままのため違和感は否めなかったが、それも含めて幸助には懐かしく感じる表情だった。


「お久しぶりです、ランディさん」


 そう。幸助が訪ねたのはランクD冒険者のランディ。数少ない冒険者の知人であり、幸助とサラが隣町で魔物に襲われたときに救ってもらったこともある恩人でもある。


 テーブルには、ランディの他に若い冒険者らしき男が三人いた。見覚えのあるパーティーメンバーとは違う顔だ。どの顔にもまだあどけなさが残っている。面倒見のいいランディらしく、相変わらず新米冒険者の面倒を見ているようだ。


 ランディは空席から椅子を一つ取ると、自分の右側へ置く。そして「ここに座れ!」と言わんばかりに席を叩く。


「元気してたか!」


 幸助が用意された椅子に座るや、ランディはバシバシと幸助の肩を叩く。


「い、痛いです、ランディさん」


 つい直前まで元気だったが、たった今、負傷者になりそうな状況だ。


「すまんすまん。最近とんと見かけない顔になっちまったから、つい興奮してな」


 ガハハと豪快に笑いながら頭をポリポリとかくランディ。


「あ、相変わらずですね……。僕は元気ですけどスライムより軟弱なんですから……」


 そう言いながら幸助は改めてランディへと視線を向ける。会うのは何年ぶりだろうか。隣町で助けてもらった時が最後だったような気もするし、それ以降に会ったことがあるかもしれない。しかし正確な記憶が出てこなかった。


 とにかく久しぶりなことに変わりはない。そんな懐かしい顔から視線を外そうとすると、以前とは違う輝きが首元にあることに気づく。


「あれ? ランディさんその冒険者タグ……」


 幸助はランディの胸元へ視線を向ける。そこには冒険者である証が下げられていた。しかし見慣れた色ではない。


 ランクD冒険者であるランディのタグはブロンズ色をしていたはずだ。それがシルバーに輝いていたのだ。


「おう! 先月ランクCに昇格したからな。これで俺も上位陣の仲間入りだぜ」


 タグを手に取り誇らしげに幸助へ示すランディ。だいぶ前に聞いた話によると、ランクC以上になると貴族からの指名依頼も増え、収入もけた違いになるそうだ。


「そうだったんですね! それはお祝いしないと」


 幸助の言葉にランディは一気に破顔する。


「おう、奢りなら大歓迎だ。おーい! ここに冷たいエール五杯!!」


 ランディが大声でエールを注文する。いつの間にかこの店も冷たいエールを提供するようになったようだ。これも冷却庫のネタ提供をした幸助の功績の一つである。


「「かんぱーい!」」


 五人のジョッキが重なる。何だかんだで少し緊張していた幸助の喉を、心地よい炭酸が刺激していく。


「ぷっはぁ!」


 気づけば幸助はジョッキの半分をその胃に納めていた。このエールを味うために仕事を頑張ってよかった。そう思わずにはいられない瞬間だ。


「お前ら、コイツが誰だか知ってるか?」


 幸助がジョッキをテーブルに置いたタイミングでランディがそう言った。しかし若い三人はそろえて首を左右に振る。彼らのタグを見るとまだ駆け出しのFランクだった。ランディはそんな新米たちの反応を見て、ニヤリと笑う。


「聞いて驚くなよ。コイツはな、『あの』コースケだぞ!」

「「「おぉぉ! 『あの』コースケさん!!」」」


 若い冒険者たちの声がそろう。それと同時に視線が幸助へと注がれる。若くも厳つい野郎どもの瞳がキラキラ輝いている。これは間違いなく、羨望のまなざしだ。ちょっと怖い。


「ランディさん、なに吹き込んでたんですか……」

「いや、いろいろだな」


 ランディが幸助から視線をそらした。時おり幸助の耳に、とんでもない自分のうわさ話が届くことがある。もしかしたらこの男も情報の発生源の一つかもしれない。


「ま、まあ、なんだ。お前のことは俺が吹き込まなくても、この街にいれば嫌でも耳にするしな」

「そうっすよ! コースケさんがこの美味いエールを作ってくれたとか、冒険者ギルドのギルマスのところに殴り込んでボコボコにしたって話も聞きました。それに単身でオーガの集落に乗り込んでピンチに陥った稀代の魔導師様を救ったとか、いろいろ聞いてます!」

「…………」


 嘘のような嘘の話に幸助は頭を抱える。一部事実は含まれているものの、背びれに尾ひれどころか、イワシがクジラに変身してしまっているような話だ。


「……えっと、僕はこんな感じでゴブリンも倒したことのない軟弱ものなので、お手柔らかにお願いしますね」

「またまたー」


 幸助はやんわりと否定をしたが、冗談と思われたようだ。

 ちょうどそのタイミングで、大皿に盛られた肉の山が運ばれてきた。


「お待たせしましたー。レッドボアの端肉、激盛りですー」


 冒険者たちの視線は一気にご馳走へと吸い寄せられる。

 そして、


「「いただきます!」」


 幸助の方を向き、声をそろえた。


「ど、どうぞ……」

「おう! しっかり食って、たっぷり筋肉をつけろよ」


 それから三人の冒険者たちは、むさぼるように肉に食らいつき始めた。

 頼もしそうに後輩たちを見ていたランディが、幸助へ視線を向ける。


「そうだ、コースケ」

「なんですか?」

「あの可愛い子とはよろしくやってるか?」

「若い子って、サラのことですか……?」

「そうそう、サラだ!」

「えっと……」


 ここで幸助は重大なこととを思い出す。それは、ランディに結婚の報告をしていなかったことだ。結婚した時期にランディはこの界隈にはおらず、そのまま連絡をするのを忘れていた。


「あん? もしかしてコースケお前、喧嘩別れでもしちまったのか?」


 言葉を詰まらせた幸助へ、ランディは


「その逆でですね……」

「なんだ! てことは結婚でもしたのか?」

「はい。報告できずにすみません……」

「そうなら早く言ってくれよ! よし。今日は俺がおごってやる。おい! エール二杯!」


 新しく運ばれたジョッキを合わせると、ランディは豪快にその中身を一気飲みする。


「で、今日はまだどうしたんだ? 結婚の報告をしに来ただけじゃないんだろ?」

「はい。実はちょっと相談がありまして」

「なんだ?」


 それから幸助は、イリス、アリス姉妹が経営している薬店について、ことのあらましを説明する。そのうえで薬草の調達について依頼をする。


 ランクC冒険者にとって、薬草の採取依頼。しかもギルドを通さない案件など、怪しまれてもおかしくない。下手すれば「舐めてるのか」と言われてもおかしくない案件だ。


 しかし、ランディの反応は違った。


「お前が面倒を見てるってことは、それなりの薬を作るんなんだろ? てことはその薬に俺が世話になることもあるかもしれん。ちょうどいい。こいつらの教育も兼ねて引き受けてやるよ」

「ほんとですか!?」

「まあ、お前に恩を売っておくのも今後のためになると思ったのは内緒の話だがな。おっと本音が漏れちまった」

「そ、そうですか……」


 最後の言葉が本音なのだと理解した幸助は苦笑する。


「よし、お前ら、注目ぅ!」


 ランディは相変わらず肉へむさぼりついている三人へ声をかける。その三人の手が止まり、ランディへと集中する。


「お前ら、偉大なるコースケ様から名誉ある指名依頼が入ったぞ!」

「「「おぉぉ!」」」


 結局、仕事の話はそこまでで、その日は深夜まで宴会が続いたのだった。


新作「俺たちの工業高校が異世界のお嬢様学校とつながってしまった件」、よろしくお願いします!

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